もめない介護

「できない」が言えるから、義母に「もっと甘えて」も言える もめない介護38

コスガ聡一 撮影

「これからはもっと、お子さんたちに頼ってください」
「おふたりで頑張ってこられたのは素晴らしいことです。でも、もっともっと、甘えていいんですよ」

これは、もの忘れ外来の主治医の先生の言葉です。義父母に対して繰り返しおっしゃるので、いまは慣れっこになりましたが、初めて聞いたときは少々ギョッとしました。

以前は義父母とは会うのはせいぜい年に1回程度でした。介護が始まったことで月に数回、夫の実家に通うことになり、月に1回のもの忘れ外来の受診も毎回、夫婦で付き添っていました。精一杯やっているつもりなのに、さらに“これ以上”を求められても……。

当時は、うんざりするような、やりきれないような気持ちで、医師の言葉を聞いていたのを覚えています。

「先生、そうはおっしゃいますが、これ以上の時間を割くのは難しいです」
何度もそんなセリフが頭をよぎりましたが、言葉にすることはなく、飲み込みました。

医師に対する遠慮というよりは、複数の相反する情報(たとえば、このときのやりとりでは「もっと甘えてほしい」と「実はこれ以上甘えられても困る」という話)を聞かせることで、義父母が混乱するのを避けたいという気持ちからです。

診察の場はあくまでも、主治医の先生と義父母がやりとりする場にしたいと思う気持ちもありました。

実現が難しいときは、素直に「NO」と伝えることも

もっとも、ただひたすら黙って我慢していたわけではなく、「NO」を伝えたこともあります。

たとえば、「気が向いたときに散歩がしたい」「このままだと足が萎える」と訴える義母に対し、「娘さんに付き合ってもらって、散歩をしたら?」などと主治医の先生がコメントしたときです。

ここでいう“娘さん”が義姉を指しているのであれば、何ら異論はないのですが、先生の口ぶりでは、どうも私を指して言っているように思えました。

 「先生すみません、夫の両親とは一緒には暮らしてはいないもので、義母が望むような“気が向いたときに散歩”をする時間をとるのは難しくて……。なにかいい方法はないでしょうか」
医師 「そうでしたね。そうなるとやはり、デイ(サービス)の回数を増やしましょうかね」
義母 「先生、それはちょっと……」

デイがあまり好きではなかった義母があわてて反対し、主治医の先生が苦笑いするという場面もありました。

主治医の先生はすべてわかったうえであえてと言っているのかもしれないけれど、現実問題として実現が難しいときは、率直に伝えるようにしていました。そう努力したというよりは、黙っていられなかったというほうが近いかもしれません。

本音がわかった方が、対処しやすくなることも

そのうち、こちらも慣れてきて、親に対して自ら、医師が言っていたような「甘えのススメ」を提案できるようになりました。

「希望があったら何でも言ってください」
「好きだとか、嫌いだとか、どんどん教えてください。正直な気持ちを教えてもらえるのはとってもありがたいです」

最初は勇気がいりました。義理の関係だからこその遠慮が働いていることは感じていました。でも、その遠慮に助けられて、これまでやってきたという実感もあります。あれがイヤ、これがイヤと好き放題に言われるようになったら困るという不安もありました。

しかし、その一方で「本音がわかったほうが対処もしやすくなる」という手応えもありました。

たとえば、夕食時に配達してもらっていた「宅配弁当」について、義父母から唐突に「やっぱりやめたい」と言われたことが何度かあります。

理由を聞いても、最初はすんなり教えてくれません。のらりくらりとはぐらかされるのですが、根気強く質問すると、「米の炊き具合が気に入らない」「煮魚を食べたくない」など、こちらが思ってもみなかった理由が出てきます。

しかも、「米の炊き具合が気に入らない」については、義父母の好みに合わせて義父は「かため」で、義母は「やわらかめ」と調整してもらっていたにもかかわらず、食べるときに取り違えていたことも判明します。お互い、好みではないほうを食べ、「炊き加減がいまいち……」と不満を募らせていたのです。

今日も私は「希望があったら何でも言ってください」を連発

もちろん、同じ業者のお弁当を繰り返し食べることで、飽きてきたというのも根底にはあると思います。ただ、本人たちが「せっかく手配してもらったのに、ワガママを言ってはいけない」と我慢しながら募らせていた不満は、言ってもらえれば調整可能なことも少なくありませんでした。

うちがお願いしていたお弁当屋さんでは、煮魚が苦手ならば苦手で、そう伝えれば、別のおかずに差し替えてくれました。こうした対応が難しい場合には、お弁当屋さん自体を変えることを検討するという選択肢も浮上するかもしれません。

もっとも、「希望があったら何でも言ってください」は、“希望のすべてをかなえます”という宣言ではありません。

 「希望があったら何でも言ってください」
義母 「だって、そんなに好き勝手を言われたら、あなたも困るでしょう?」
 「大丈夫です! 私も、できないことは『できません』と正直に伝えるので、思い切って言ってみてください」

義父母には、そんなふうに伝えました。

やれることはやります。でも、できないこともあります。希望をかなえるのが難しそうなことはどうやって希望する状態に近づけるか相談しましょうといったことを繰り返し伝えました。その結果、義父母はわりあいすんなりと、希望や不満を教えてくれるようになりました。
時には「勝手なことを言って……」と思うこともあります。でも、言えない不満をくすぶらせ、取り返しがつかなくなるよりも、初期消火できるほうがきっとラクなはず。そう信じて、今日も私は「希望があったら何でも言ってください」をバンバン連発しているのです。

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