もめない介護

年賀状の宛名書きに義母まるで鬼軍曹、義父は萎縮 もめない介護39

コスガ聡一 撮影

「年賀状を出したいのでハガキを買いたい」

認知症の義父からそう頼まれたのは年の瀬も押し迫った時期のことです。義父と義母、夫、わたしの4人で恒例のもの忘れ外来受診を済ませた帰り、昼食のために寄り道した駅ビルで、年賀ハガキの臨時販売を見かけ、ふと思い立ったようです。

「何枚ぐらい購入しましょうか」
そう尋ねると、「50枚ぐらい」という答えが返ってきました。そんなに買っちゃうのか、止めたほうがいい……? と一瞬、迷いました。当時の義父は自分の名前も住所もスラスラ書ける。一方、同じく認知症である義母はというと、名前は問題なく書けるけれど、住所となると少々ハードルが上がるというような状態にありました。

以前は、介護サービスの契約書類などにサインをするとき、「自分で書きます」と言い、ペンをとっていた義父母ですが、直近ではわたしが代筆する機会が増えてもいました。でも、せっかくご本人が、年賀状を出したいというのに水を差すのもちょっと……。わたしが迷い、態度を決めかねていることに気づいたのか、たまたまなのか、義母から「50枚は多すぎるでしょう!」と、“待った”が入りました。

年賀状を出すためのサポートをどこまでするか

「毎年これぐらいは出しているよ」
「でも、50枚も書くってけっこう大変よ」
「だったら、少し枚数を減らそうか」
「20枚ぐらいで十分なんじゃない」
「なるほど……」

老夫婦による家族会議の結果、購入枚数は20枚に落ち着いたようです。「クーラー」を「テレビ」と言い張るなど、トンチンカンな会話も増えつつあった義母ですが、その日はクリア。義父に対する指摘もほぼ的を射ていたので、わたしたち夫婦は介入せず、やりとりを見守っていました。どの絵柄を選ぶかで義父母の意見が食い違い、選ぶのにもまた時間がかかりましたが、なんとか年賀ハガキも購入できました。

さて、次の問題は「年賀状を出すためのサポートをどこまでするか」です。義父母は前述のように、名前と住所はなんとか書けます。ひと言添えるぐらいもできそうです。でも、1枚1枚に相手の住所を書くとなると、苦労しそうな気がします。

「年賀状の宛名をパソコンで印刷するのをお手伝いしましょうか?」

こう尋ねたのは、書斎の片付けを手伝ったときに、義父がおそらくエクセルで作成したであろう住所リストを見つけてあったからです。パソコンの中に元のデータがあるとすれば、印刷は簡単。ただ、手書きとなると、手間も時間もかかります。「手書きで1枚1枚住所を書くところまでつきあうのはちょっと……」というのが、正直な気持ちでした。

年賀状を眺めながら、和気あいあいとしていたはずが・・・・・・

「宛名を印刷……? うーん。まあ、そこまではやらなくてもいいです」
「自分たちでやるからいいわよ」

いま思えば、遠慮もあったのでしょうか。義父母からはあっさり、手助け不要の宣言がありました。本当に大丈夫……? チラッと不安が頭をよぎったものの、年末は用事が立て込んでいたこともあって、これ幸いと義父母の“やる気”に身をゆだねることに。

たとえ数枚でも、好きなように年賀状を書くのは悪いことではなさそう、とも思っていました。仮に手付かずのまま、年賀状が残ってしまったとしても、郵便局に持ち込めば、「ロスはがき」として切手や官製はがきに交換することもできます(手数料は必要)。ご本人たちに任せたところで特段、トラブルにはならないだろうと予想していました。

その認識が少々甘かったと知るのは、年が明けてからのことです。

「ほら、ここが住所でしょう? そうそう、しっかり自分の名前を書いてください。え? 間違えた? もう、さっきから二度目ですよ。どうしちゃったのかしら!」

元旦の午後、夫の実家で食器を洗っていたら、リビングから義母の尖った声が聞こえてきてギョッとしました。さっきまで夫婦仲良く年賀状を眺め、「なつかしいね」「お元気かしら」などと和気あいあいと過ごしていたのに、いったい何が起きたのか。

義父にプレッシャーをかけ続ける鬼軍曹

あわててリビングをのぞくと、義父母はテーブルに年賀状を広げ、返信作業の真っ最中。といっても、義母は自分では書く気はないようです。「こういうものは早く返信しないと失礼になる」と言いながら、せっせと義父を急かすばかり。しかも、気まぐれに年賀状を手にとり、「そういえば、この方には最後に会ったのはいつだったかしら」などと横から話しかけるものだから、義父は大混乱です。

筆が止まれば、妻(義母)に叱られる。あわてて書こうとすれば、当然ながら字を間違える。間違えれば、また妻に文句を言われて……という、新年早々まさかの地獄絵図が広がっていました。ちょっと待って、おかあさん!

「おかあさん用の万年筆もありますよ。こちらをお使いになったらどうですか」
「まあ、きれいな万年筆ね。わざわざ用意してくださったの」
「年賀ハガキもどうぞ」

ボールペンは書きづらいので、万年筆があるといい——。しばらく前に義父からリクエストがあり、買い置きしてあった万年筆を渡すと、義母は大喜びで年賀状を書き始めました。思いのほか、しっかりとした筆致でスラスラと1枚分を書き上げると、「ほら、こうやって書けばいいんですよ」と義父にプレッシャーをかけはじめます。

そんな義母をなだめたり、気をそらそうとしても、義母の意識は年賀状にロックオン。「1枚書いたら、くたびれた」とギブアップしながらも、義父には対してはひたすら「書くのが遅い」「早く書かないと終わらない」と責めたてるのです。鬼軍曹か! 

もめごとの火の手が上がったら、両者を引き離すなどして、迅速な消火を

どんなに気をそらそうとしても、なだめようとしてもうまくいきません。ダメだこりゃ……と、半分あきらめかけたとき、台所から夫の声がしました。

「おふくろ、ちょっとこっちに来てもらえるかい」
「あら、どうしたの?」

義母はいそいそと台所に行き、そのまま戻ってきません。夫が食器をしまう場所を相談するテイであれこれ話しかけ、気をそらしてくれているようです。グッジョブ!

その隙にテーブルいっぱいに広げられていた年賀状をまとめ、「続きはまたあとにしましょう」と義父に声をかけました。

「彼女(義母)と僕では、やり方が違うことがあるんだが、どうもそれがわかってもらえない」と、義父は深いため息。お疲れさまでした……。そして、義母が戻ってくる前に、年賀状を引き出しの中にしまいます。

波乱含みの年賀状騒動。書き終えた分は預かり、ポストに投函しましたが、引き出しにしまった分は結局、その後も手付かずだったようです。年賀状を購入するなら、やはり出すところまで一緒にやるなどの伴走を覚悟したほうがよかったのか、それとも……。その答えはいまだに出ていませんが、いずれにしても、もめごとの火の手が上がったら、できるだけ早く、もめている者同士を離したほうがいいと実感した出来事でした。

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