もめない介護

新しい家電を認知症の親に?ガスなし生活にひと工夫 もめない介護24

コスガ聡一 撮影

介護と子育ては似ている、とよく言われます。たとえば、言葉であれこれ言っても通じないことが少なくない、見守る姿勢が大事、日常のサポート範囲が多岐にわたる……など。

ただ、「子育てはいずれ、子どもが育っていくという喜びがあるけれど、高齢者が相手の介護の場合はそうはいかない」とも言われます。中には「介護は、やがて衰えていくのを目の当たりにするだけ。“右肩下がり”がわかっているだけにむなしい」という意見も耳にします。

これから成長していく子どもと、人生の放課後そして、ラストランへと向かっていく高齢者とではそもそも、前提条件が違うのは間違いありません。ただ、「介護の場合は“右肩下がり”」と決めるのは早合点かもしれません。

電気ケトルの導入でガスの使用回数を減らしてもらう作戦も……

以前、このコラムでも少し触れましたが、立て続けに認知症がわかった義父母の「ガスコンロの消し忘れ」が問題になったときのことです。

IHクッキングヒーターに切り替える案も浮上したけれど、慣れない操作が思いがけない事故を招く恐れがあります。安全のことだけを考えるなら、ガスの元栓を閉めて使えなくしてしまえば、必然的に“消し忘れ”問題は解決します。でも、理不尽な仕打ちを受けたと義母が不満を覚え、怒りに転じる可能性もある。なにより、生きる気力を奪うのではないかという懸念もありました。

そこで折衷案として浮上したのが、電気ケトルの導入でした。お茶を飲むためにお湯を沸かしますが、そのときにガスを使う回数を少しでも減らせればラッキー。ただ、これまでの習慣になかった電気ケトルになじんでくれるかどうかは未知数でした。

「母は家電の操作が苦手で、電子レンジも使えない。電気ケトルを使うなんてとてもじゃないけれど、無理でしょう」

当時、義姉にはそう言われました。たしかに義母は炊飯器や洗濯機の操作も怪しくなっていて、「(炊飯器や洗濯機の)調子が悪いので買い換えたい」というコメントを連発。以前は使っていた湯沸かし機能付きの電気ポットも「使い方が複雑すぎて良くない」と言って、納戸にしまいこんでいたほど。

ベストなタイミングで、ガスを使わない生活へ

息子(わたしの夫)からのプレゼントだと言って、電気ケトルを渡すと「まあ、かわいらしい。気を遣ってもらって申し訳ないわ」と喜んだけれど、最初は遠目に見るばかり。

でも、訪問するたびに「電気ケトルの調子はどうですか?」と言いながら、一緒にお湯を沸かしたり、声がけしたりするうちに少しずつ使ってくれるようになりました。義姉が「お湯を沸かすなら電気ケトル」と、電気ケトルの写真が入った貼り紙を作り、台所に貼ってくれたのも効果があったようです。

その後、義父の肺炎による緊急入院と、それにともなう、義母の有料老人ホームへの一時入所がありました。夫婦そろって老健施設でのリハビリ生活を経て、自宅に戻る際に、「いまなら慣れてもらえるかもしれません」というケアマネさんの助言もあって、ガスコンロの使用をストップ。お湯を沸かすのは電気ケトル、あとはオーブントースターと電子レンジのみでなんとかするというスタイルに移行しました。

すると、どうでしょう。これまで「わたしはわからないから」と、義父任せにしていた義母が気づけば、積極的に電子レンジを使うようになっていました。

もっとも、金属製の鍋を電子レンジにかけようとして、ヘルパーさんをヒヤヒヤさせたり、耐熱性ではないプラスチック容器をチンし、周囲を少し溶かしてしまったり……という事件も起きます。

あわやの大惨事も夫の機転で無事に解決

義父は「何度説明しても、電子レンジにかけていい器とそうでない器を理解しない」と不満顔でしたが、義母は「だって、見分けづらいんだもの」とケロリ。たしかに、義母のおっしゃる通り、わかりづらくもあるので、「わかりやすくしていいですか?」と承諾を得て、鍋を整理し、プラスチック容器は電子レンジOKのものに入れ替えました。

あるとき、電気ケトルを電子レンジでチンしてしまったときは、あわや大惨事。買い物から帰ってきたヘルパーさんが発見したときには、台所が煙でもうもう……。「お気持ちはわかりますが、もうお母さまに電子レンジを使っていただくのは無理なのでは?」と、遠回しに使用をあきらめることをうながされました。

ところが、「電子レンジに入らないサイズの電気ケトルを買い直そう!」という夫の鶴の一声で、再度電気ケトルを導入してみると、チン事件は再発することなく、平和に過ごせたのです。

認知症に限らず、歳を重ねれば、思うようにならないことも増えてきます。以前は当たり前のようにできていたことが、できなくなったりもするかもしれません。でも、本人の意思と周囲の工夫がうまくかみあえば、できるようになることもある。決して“右肩下がり”なばかりではないのだと、義母が教えてくれたような気がしています。

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