編集長インタビュー

認知症になる前に、好きな音楽とその理由をメモに残そう

冨岡 パーソン・センタード・ケア(以下、PCC)という概念を、介護の専門職ではない人、たとえば認知症の家族がいる人たちでも実践できるヒントはありますか?

デ・ウァール 決まったやり方があるわけではないので、こんな感じがいいですよぐらいのことは言えますが、具体的なアドバイスは難しいですね。

ただ、私が取材を受けて出演したドキュメンタリー映画「毎日がアルツハイマー」の関口祐加監督(注1)は参考になるかもしれません。そもそも彼女は、PCCの概念を全く知らずして、感覚的にそれを実践した人だと思います。なぜ彼女にできたのかというと、認知症の本人(関口監督の場合は母親)を理解するということに行き着きます。その人の人生、感じ方、考え方をそのまま理解することは、まさにパーソン・センタード・ケアですから。

認知症の母すら笑わせる笑いのセンス

デ・ウァール 関口監督は本当にユーモアのある女性で、認知症になった実の母すら笑わせてしまうという、素晴らしい能力を持った人なんです。もちろん彼女はPCCのトレーニングを受けてはいません。

若い頃は、それほど良好な母子関係ではなかったとも聞いていますが、そういう時期があったとしても、今の状況からしっかり笑いを見出だせるところは、すごい。やはり彼女のパーソナリティに大きく依存しているところがあると思います。とても前向きで知的で、そしてちょっとイタズラ心もあったりする。それから行動的です。

不安、懐疑的、悲観的にならないように

デ・ウァール 一方で、何にでも不安を感じる人。世の中に懐疑的で、悲観的な人。何でも問題視してしまう、そういう人たちには、なかなかPCCのようなケア実践は難しいかもしれません。もちろんガイダンスはできるのですが、最終的にその人がそれを行動に移すかというと、ちょっと分かりません。というのも、こういう指向の人はたとえば、転んだら起きあがらせるというような決まり切った解決策を求めがちです。でも、認知症の人たちへのケアは、そうはいかない。

「認知症の人」のなかに「その人」が眠っている

デ・ウァール 認知症の人たちには、今日はうまくいったように思えるやり方が、明日になったら効かなくなるということがよく起こります。つまり「答え」がない。「それでも大丈夫」と思えるような、度量とでも言うのでしょうか?それぐらい人としてエネルギーがあって、前向きであるということが、実は「絶対的不可欠」なのかもしれません。

とは言いながらも、後ろ向きになりがちな人も含めてPCCへ導いていくことも大事です。たとえば地域コミュニティで、家族を支える介護専門職の人たちが、PCCの視点からサポートをするということもできると思うんですね。

教育は重要ですが、気づいてもらうことも、とても大事です。つまり、目の前にいる認知症の患者さんについて、「この人の中には実は、今まであなたが知っていた人が眠っているんですよ。その人格がしっかりあるんですよ」と。その視点を持つことが一番大事なのです。その後のケアの実践の仕方は人それぞれですね。

音楽が意思疎通を仲介する

デ・ウァール 「ミュージックミラー」をご存じですか。ある大学が脳神経学を基に研究を行った結果、脳の神経が最も記憶に残すのは音であるという科学的な結果が出ました。たとえば、脳に何らかのダメージがあったとしても、音に対する反応は最後まで残る。ですから、好きな音楽を通して、(意思疎通が難しくなってきた)認知症の人とつながろうとする方法が「ミュージックミラー」です。

ちょっと話が横にそれますが、15年くらい前の英国では、お客様センターなどに電話して待たされるときの保留音は大抵、モーツァルトかヴィヴァルディだったそうです。だから英国人は、モーツァルトやヴィヴァルディを聞くとイライラする(笑)。なかなか繋がらないんじゃないかと。

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「ミュージックミラー」のような概念が導入され始めたのも15年前くらいだったと思います。どうやら音楽を聴くと元気になるらしい、だったらモーツァルトを流すと植物も育つらしいからと、患者さんにモーツアルトを聞いてもらった。ところが逆の感情が返ってきたんですよ。

「みんなが好き」ではなく、自分が好きな曲

デ・ウァール これはおそらく、先ほどの保留音の問題と同じではないかと。そういう試行錯誤から、音楽がいいと言っても、みんなが好きな曲ではなくて、その人が好きな音楽であることが重要だということが分かってきました。これは重度の患者さんだけではなくて、軽度の、もしくは予備群の認知症患者さんでも有効な方法なんです。

とても簡単ですよ。「あなたはどういう音楽が好きで、どういう曲が好きですか?」と聞きますが、そのときに、「なぜ好きなのですか?」と理由もしっかり聞いておく。ここがポイントです。ある人は実は、その曲自体が好きなのではなくて、それを聞いたときの記憶がすごくいい、楽しい状況だったから、その曲が好きだと記憶しているということもあるからです

「トム・ジョーンズ大嫌い」な患者さん

デ・ウァール ある患者さんが「ぼくは『デライラ』が好きなんだ、トム・ジョーンズの曲だよ」と言ったんです。そこで、スタッフはトム・ジョーンズの他の曲を流したのですが、その人は、かえってイライラしてしまった。なぜかというと、トム・ジョーンズが大嫌いだった(笑)。でも実は、彼の結婚式で、おじさんが酔っ払って、すごく面白おかしく「デライラ」を歌ってくれたそうです。だから、「デライラ」を聞くと、そのときの映像が蘇ってきてニコッとする。彼がニコッとしたときは100%、スタッフが彼とコミュニケーションを取れる糸口になります。このように、音楽は、人同士のつながりを持つためのツールとして、活用することができます。

もう一人の患者さんの話もしましょう。電車の音が好きな人です。なぜかというと、幼いころに鉄道の線路の近くに住んでいて、いつも電車の音を聞きながら寝起きしていた。ただし、電車の音ならどれでもいいわけではない。ある特定の路線ということで、いろいろ調べて、ついにこの電車だと突き止めました。

好きな曲と理由が分かれば、誰でもケアできる?

デ・ウァール それぞれの患者さんごとに、「ミュージックミラー」のリストを作っておくのです。YouTubeのリンクでもいい。とにかく、音楽が特定できて、なぜ好きかが分かれば、それを活用して、誰でもケアを提供することができ得ると思います。初めての患者さんで、なかなか心を開いてくれなくても、この「ミュージックミラー」があれば、その曲を聞いて笑顔になってくれる。心と心がつながって、会話もできる、ということになるりますね。

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冨岡 子どもの頃によく聞いていた電車の音を探し当てるとか、夜眠らない患者さんの職業を調べて生活習慣を推測する話もありました。映画「毎日がアルツハイマー」では、先生の診察はまるで探偵のようだ(笑)というやり取りがありましたが、もはや医療ではないというか、医療を超えた別の学問のようでもある。

デ・ウァール まさにその通り。私も、人間が人間に施すケアは、医療、医学とは呼べないものかもしれないと考えています。というのも、一般的に医学というのはとても技術的なものです。時間をかけたり、レシピのない料理をつくったりするようなものではない。

予測できないから、認知症ケアはおもしろい

デ・ウァール 実は私は、かつては整形外科医でした。様々な外科手術をやっていく中で、この症状に対してはこれ、それからこれ、次はこれと、決まったことを何千回もやっていくうちに、面白くないなと思い始めた。それで心理学に移りました。心理学では全く想像がつかない、予想がつかないことを扱っていて、そこに面白さを見出したわけです。特に認知症研究という分野では、人間らしいケアのあり方をどんどん追求する動きがあり、それを大事にしなくてはいけない。

もし我々の脳がもっとシンプルな構造だったら……

デ・ウァール しかし一方で、「これをこうすれば認知症は治る」というような明確な答えがなかなか見つからず、今の医学、医療の専門家たちが敬遠しがちな研究領域であることも事実です。

ただ、アインシュタインだったかな、いや、別の人だったかもしれませんが、こんな名言があります。「もし、人間に理解できるくらいに脳がシンプルな構造であれば、それすらも私たちには理解できない」。

 

(注)「毎日がアルツハイマー」 映画監督の関口祐加さんが、アルツハイマー病と診断された母ひろこさんとの日々を撮ったドキュメンタリー映画3部作。デ・ウァール博士は2,3作目に登場し、パーソン・センタードケ・アの実践を紹介し、関口監督を勇気づけた。現在は、3作目の「毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル 〜最期に死ぬ時。」が公開中(こちらに関連記事)。
 【公式サイト】 「毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル」 

ヒューゴ・デ・ウァール
オランダ出身。1989年にアムステルダム自由大医学部を卒業後、渡英。精神医学を学ぶ。英ノーフォーク州で、認知症の集中的ケア・サポートチームを起ち上げ、その実践が国内外で高く評価される。世界精神医学会の教育部門のメンバー。
冨岡史穂(とみおか・しほ)
なかまぁる編集長。1999年朝日新聞社入社。宇都宮、長野での記者「修行」を経て、04年から主に基礎科学、医療分野を取材。朝刊連載「患者を生きる」などを担当した。気がつけばヒマラヤ山脈、なぜか炎天の離島と、体力系の取材経験もわりと多い。

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