後ろめたさが生む認知症の母への優しさ 阿川佐和子さんと介護2
取材/志賀 佳織 撮影/小林 茂太
作家として、インタビュアーとして、幅広く活躍する阿川佐和子さん。「ようやく結婚いたしました」と60代での結婚宣言も記憶に新しいですが、実はここ数年は、作家である父・阿川弘之さんと、認知症がはじまった母親の介護に奔走する日々でもありました。「アガワ式 認知症との向き合い方」を聞くシリーズ、第2回です。
重要なシーンのもとになった 父・弘之氏の食卓での叫び
「母さんは呆けた! 母さんは呆けた! 母さんは呆けた!」
阿川さんの最新刊『ことことこーこ』のプロローグでは、ふだんは物静かな香子の父が、子どもや孫たちと囲んだ食事の席で出し抜けに叫ぶシーンがあります。夫としてのショックの大きさと不安がひしひしと伝わり、胸にズキンとくるものがあります。
実はこれは、阿川さんの実体験に基づく描写なのだそうです。家族で食事に出かけた際に、頃合いをみはからって、弘之さんが発したひと言でした。妻の変化にいち早く気づいていた弘之さんから子どもたちへの渾身の訴えであり、自らに言い聞かせるような気持ちもあったのかもしれません。
翌年には、弘之さんが自宅で転倒し緊急入院。さらにそこで誤嚥性肺炎を発症します。1ヵ月で回復したものの、認知症が進行する妻と二人で暮らすのは難しいとの判断から、弘之さんは老人専門の病院に転院し、そこでの入院生活を送ることになりました。
「父は最初、なんとか元の母に戻そうと頑張ったんですね。トイレの流し方を繰り返して学習し直すように求めたり。息子である兄弟たちも、なんとか母を再教育して、元の姿に戻そうと」
阿川さん自身も、最初の頃は、「脳トレすればなんとか」と思ったこともありましたが、次第に、「どうやって本人に安心して明るい生活を続けさせるか、ということを考え始めるようになりました。母の気持ちを優先して、なにか起こったらその都度対処していくしかないなと」
そこに登場するのが、以前、阿川家で住み込みのお手伝いをしていた女性「まみちゃん」。なにかを察したのか、「夫もリタイアしたのでなにかお手伝いすることがあったら」と申し出てくれました。「すみませんが、助けてください」と、阿川さんは頭を下げたといいます。
現在、お母様は週3日、自宅からデイサービスに通い、ほかの日はまみちゃんと、阿川さんと兄弟が交代で泊まり込むシフトを組んでいます。「やはり、慣れ親しんだ環境で暮らすことが、母にとって安心なのかなと」
介護の最中にも楽しむ時間を 「後ろめたさ」が優しさになる
とはいえ仕事と介護の両立が容易なわけではありません。自分を追い詰めないためにも、たまには息抜きできる時間をつくることが大事だと、阿川さんは考えています。
「母には仕事だと言いながら実はゴルフに行くこともある。帰宅後、『忙しいのね』と心配する言葉に後ろめたさを感じるのだけれども、その後ろめたさが優しくできる心の余裕を生んでくれる」
- 阿川佐和子(あがわ・さわこ)
- 1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒。テレビ番組のキャスター、エッセイスト、小説家として活躍。08年『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。12年の新書『聞く力 心をひらく35のヒント』は年間ベストセラー第1位に。14年菊池寛賞、18年橋田賞。最新刊の新書『看る力 アガワ流介護入門』(共著)では、父親の主治医と対談をまとめた。