編集長インタビュー

認知症の人が夜寝ないのは問題? 「探偵のようなケア」で考えると

冨岡 ヒューゴ先生は、勤務されている英国の施設で、パーソン・センタード・ケア(認知症の本人を尊重するケア)を実践されていると聴きました。パーソン・センタード・ケアとは、どういうものでしょうか。

デ・ウァール パーソン・センタード・ケア(以下、PCC)というのは、技術ではなくてコンセプトです。30年ほど前に英ブラッドフォードの心理学者トム・キットウッドが提唱したものです。その頃の認知症の患者さんは、表現は悪いけれども、まるで家畜が飼われているかのような扱いを受けていました。とにかく同じ時間に起きて、同じものを食べて、同じ時間に寝ることを強いられていた。これに対して、PCCは、その人の人格を中心に置いてケアを考える、というものでした。

「認知症患者」というレッテル貼り

デ・ウァール 認知症でよく起きる「レッテル貼り」は、英国でもずっと問題になっています。たとえば、ヒューゴ・デ・ウァールという個人である私が、認知症と診断されたら、そのとたんにヒューゴ・デ・ウァールではなく、「認知症の患者さん」になってしまう。そして、認知症ならばこういう治療というように、治療も画一的に選択される。

私の施設での、ある事例をご紹介しましょう。スタッフの1人から「患者のAさんが最近、眠れないようですが、どうすればいいですか?」と相談を受けました。加齢によって睡眠の時間帯がずれる傾向は、多くの方に見られます。人間として自然な現象ではありますが、当時、うまく眠れない人が施設に2人いて、介護する側からは「問題」として浮かび上がっていました。

看護師に言いました「睡眠薬を飲むのはあなたです」と

デ・ウァール スタッフに、よくよくその2人のこと聞いてみると、1人は元郵便局員で、現役時代は午前2時に起きて、集荷を始める生活をしていたそうです。もう1人は漁師でした。この2人はそういうふうに、早朝といいますか、深夜の時間帯から起きて活動する人生をずっと過ごしてきた人なのだから、日中は寝ているのが、彼らの「普通」なのだと分かりました。

そこで私は、スタッフにこう言いました。「患者さんたちに文句を言うべきではない。睡眠薬を出すのもよくない。むしろ睡眠薬を飲むのはあなたです。患者さんに謝ってください」。夜、寝てくれない人に睡眠薬を出すのは、ケアする側の都合で患者さんをコントロールする考え方だと思います。そうではなくて、患者さんの人格、その人のこれまでの人生を含めて尊重して初めて、適切なケアを提供できる。それがパーソン・センタード・ケアという概念です。

さきほどのレッテル貼りと治療の話に戻りますと、ある人を認知症と診断したとしても、その症状は、実は予測できないんです。他の病気と違って、何をどう発症するのか、正直言って、まったく分かりません。てんかんを例にしてみましょう。てんかんと診断された人には、発作が起きます。だから、これこれこういう治療が必要だ、と判断できます。ある意味、分かりやすい。

認知症は、いつどう進行するか予測がつかない

デ・ウァール しかし認知症は、いつ記憶がなくなるのか、いつ自分が分からなくなるのか、いつ介護が必要になるのか、全く分かりません。最も近しいはずの家族にでさえ予測不能です。ある患者さんの妻が、「今週は本当に何ごともなく過ごせました」と言っていたのに、いきなり次の週から、「私の顔すら覚えていない」と悲しむ状態に、本当に急になったりする。我々にも予測がまったくできないことなのです。こんなことが「起こり得る」という可能性としてしか分かっていない。だからこそ私たちは、日々の様子を見ながら、それぞれの人に寄り添ったケアをする、それを積み重ねていく。それがパーソン・センタード・ケアの根本だと考えています。

PCCは、概念であって、ツールでもスキルでもないと言いました。ツールという言葉が入ってくると、その時点からもう「パーソン・センタード(その人が中心)」じゃなくなると考えています。私の診察には、研修中の人が同席することもありますが、そういう場合でも、ある患者さんに対しては定型の質問を全部尋ねる一方で、次の人では最初の半分を飛ばすこともあります。

私たちに必要のない定型質問は聞かない

デ・ウァール なぜなら私はこの患者さんのことを知っていて、最初の10問を聞く必要がないと分かっているからです。だからそれ以外の、この人だけに対して適切な質問をする、というような考え方をします。研修中の人は、「なぜ聞かないのですか?」と考えがちですが、それはもう、そういうことだというふうに覚えてもらうしかないというのが、私の考え方ですね。

もし、PCCを実践するに当たってスキルがあるとすればそれは、「患者さんを理解すること」です。それまでの経験が役に立つこともあるでしょうが、今、目の前にいる患者さんと人間同士のつながり、コミュニケーションをしっかり確立できるかどうかということが、どんな書物から学ぶことより重要なのです。

ヒューゴ先生1_編集長インタビュー_本文2

私はこういうやり方をしますが、あなたは多分違うコミュニケーションの取り方をするでしょう。だから厳密には、PCCを教えることはできません。あなたがきちんと目の前の患者さんのことを理解できると思えるところまで、自分なりの接し方、コミュニケーションの取り方をする、そのように学んでもらうしかないということなのです。

冨岡 たしかに私が認知症になったら、そのように接してほしいです。でもあえて語弊のある言い方をすれば、それって効率の悪い介護では?英国では、PCCが義務になっていますか?限られた国家予算で、なぜそれが実現できるのでしょうか。

デ・ウァール 英国では、それぞれの患者にあわせてケアプランを立てることになっています。ただ、義務ではありません。ケアプランは、施設で暮らす人だけでなく在宅の人も、患者さんと家族、社会福祉、医療の専門家と一緒になって作り、定期的に更新しなければいけません。義務ではないといいながらも、PCCが重要であるという認識はしっかりと浸透してきています。

個人にあわせたケアは、結局お金がかからない

デ・ウァール General Practitioner(GP)、いわゆる「かかりつけ医」を登録する制度が英国にあるのですが、認知症の患者さんを受け持っているGPが仮にケアプランの定期更新を怠った場合は罰金を科される、というようなルールになっています。

で、これは非効率では?という質問でしたが、「実はそれほどでもない」というのが、正直な答えです。あるGPが、ケアプランもなく患者さんを受け持ったとします。そうすると、急に何か症状が悪化して危機的状態に陥ったとき、診断を間違ったり、適切でない専門病院を紹介したりすることが起きうる。国にとっては、そのほうが本当にお金がかかることなんです。その人に適したケアができない、つまり回復の可能性がないという結果になってしまいます。それよりもやはり事前に、しっかりした診断のもとに、その人に合ったケアプランをつくっておく方が、結局はお金がかからない。

PCCで患者の薬が減り、看護師の士気が上がる

冨岡 なるほど。さらに介護をする側、あるいは診察をする側としてのメリットは感じますか?

デ・ウァール 我々のところに来るのは、BPSD(周辺症状)などがかなり重度の認知症の人たちです。まず、私たちの病棟に来てある程度の期間を過ごすと、薬の摂取量が減ります。かかわる看護師の人数も減ります。たとえば、入院当初は看護師1~2人が24時間体制で対応している、つまり1人にできない状態だった患者さんが、2、3週間ほどで落ち着いてきて、その後、退院できるまでになり、元々暮らしていた施設に戻っていきます。以前は、重度の認知症の患者さんたちは、動きまわらない程度の薬を飲まされたり、拘束されたりということがあったのですが、今は看護師たちが人間同士のコミュニケーションをして、その人たちに個別にケアを行っています。

施設運営の視点からみると、看護師たちの士気が上がると感じています。やる気がなくなったり、疲弊してしまうというは、多くの場合は忙し過ぎるからですね。頭では分かっていても、患者さんに適したケアが施せない。そういう現実に直面し、自分たちに限界を感じてしまうことが一番のストレスなのです。

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我々のやり方ですと、患者さんと1対1で接する時間が十分にあり、ケアする側に充実感がある。新しい患者さんが来ると、しっかり時間をかけて、その人たちの話を聞き、人生を理解する。いろんな話題があり、共感できるポイントをたくさん見いだせる。ここに人間同士のつながりが成立するわけで、このことが一番ケアには大きいのだと思います。

私が医師として病棟をまわり、看護師から話を聞くとき、彼らは医学的な内容だけを報告するのではなく、その時々の人としての感情的な話をしてくれるんですね。そういう情報があるからこそ、私も、感情をきちんと織り込んだ上で診断ができる。PCCがしっかりできている証拠だとと思います。

看護師が「退院させたくない」と思う患者

デ・ウァール また別の患者さんの話をしましょう。なかなか波乱万丈な人生を生きた人のようでした。転院してきた直後は、言葉も行動も乱暴で、すごく凶暴な人に思えました。けれども、我々のケアが始まってから、とても落ち着いた。最終的には、看護師たちに大人気の患者さんになりました。波乱万丈な人生にみんながひきつけられたのだと思います。「落ち着いてきたし、そろそろ退院してもいいでしょう」と私が話すと、スタッフたちが「ダメです。だって私たちはこの人が大好きなんです」っていうぐらいになったんですよ。

<続編>認知症になる前に、好きな音楽と理由をメモに

ヒューゴ・デ・ウァール
オランダ出身。1989年にアムステルダム自由大医学部を卒業後、渡英。精神医学を学ぶ。英ノーフォーク州で、認知症の集中的ケア・サポートチームを起ち上げ、その実践が国内外で高く評価される。世界精神医学会の教育部門のメンバー。
冨岡史穂(とみおか・しほ)
なかまぁる編集長。1999年朝日新聞社入社。宇都宮、長野での記者「修行」を経て、04年から主に基礎科学、医療分野を取材。朝刊連載「患者を生きる」などを担当した。気がつけばヒマラヤ山脈、なぜか炎天の離島と、体力系の取材経験もわりと多い。

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