あら不思議!やさしい魔法のおかげで、私は今日も明日もズボンがはける
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
認知症と診断されて、もう数年。
炊事に洗濯、暮らしのことは、ぼちぼちやっているけれど…。
最近、ふと手が止まることがある。
このズボンをはきたいけど、
どこにどうやって足をいれたらいいのか、
足の入り口を探して、なんだか目が泳いでしまうの。
そんなときは決まって、どこからか息子が登場。
くるくるとズボンを丸めて、短くしてくれる。
すると、あら不思議!
「ほら、足の入り口はここだよ」と、言わんばかりに、
ズボンが私にとって、とてもわかりやすい形になるの。
そこから私はひとりで、ズボンをすっとはけるようになる。
もし、息子が私からズボンを取り上げて、
一からはかせてくれるだけだったら…。
きっと私は、とっくにひとりではけなくなっていたかもしれない。
でもほら見てみて、
足だってまだこんなに軽やか!
息子がズボンにかけた、やさしい魔法のおかげで、
明日も、来年もきっと。
相手を少しだけサポートすることは、
もしかしたら、すべてをサポートすることよりも、
ずっと難しいことかもしれません。
なぜなら、相手の「かゆいところ」にちょうど手が届くようにするためには、
その人をよく観察し、どのあたりがどれくらいかゆいのか、
ただかいてほしいのか、薬をもってきてほしいのか…。
そういったことを、その人の立場になって一緒に考えないとわからないからです。
もし、自分がかゆいところがあって、自分ではかけず、しかもそれを伝えるのが難しくて困っているとき、
「任せて!」と、誰かに全身を強い力でかかれたらどうでしょう。
きっと大半の人は驚いて声をあげたり、怒り出したりしてしまうでしょう。
認知症がある方へのサポートも、どこかそれに似ているように思います。
困っているご本人を目の前にすると、つい「こうでしょう?!」と、すべてをやってしまいがちです。
でも、本当に必要なのは、
ズボンを少し丸めて足を通しやすくする、それくらいの、
「ちょっとのサポート」だったりします。
認知症があり、各自の困りごとを抱えている方にとって必要なのは、
その人が行き詰まってしまった行動を、呼び水のように引きだす、
そうした、ちょうどいいあんばいのお手伝いなのです。
とはいえ、現実はそう簡単ではありません。
私自身、認知症がある人とのコミュニケーションがうまくいかず、
「今日は仕方ない」と、一からお手伝いしてしまうこともあります。
やってしまった、と反省しつつも、
介護者も無理をせず、ほどほどでいいじゃないかとも思うのです。
だって今日の精いっぱいは、
百点満点である必要はないのですから。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》