母は僕の鏡 無表情で感謝の言葉もない母を笑顔に変えた 僕のしかけ
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
いつも無表情で、
介護者の僕に、
感謝の言葉ひとつない母。
せめて、笑ってくれれば。
もしくは「ありがとう」を1日1度でも聞けたなら。
このせわしない介護の日々も、
少しは明るい気持ちで過ごせるかもしれないのに。
——そんな都合のいいことを思って、数年。
じつは最近、母の笑顔が増えてきた!
しかも、たまに「ありがとう」と口にしてくれるようになった!
というのも…。
人は一緒にいる人の、
雰囲気に似てくるって言うだろう?
だから、僕は自分から母に、
笑顔を向けるようにしたんだ。
そして母に「ありがとう」をたくさん言うようになった。
例えばこんな調子で。
「お母さん、ご飯を全部食べてくれてありがとう」と、にっこり。
そうやって、毎日毎日やり続けたというわけ。
でも、家族にこんな芝居をしかける僕は、
ずるい人間かな。
けれど、言葉は不思議だ。
僕はありがとうを言うたびに、
母に感謝の思いがほんとうに湧いてきた。
つくり笑顔も、いつのまにか
自然なほほ笑みになった。
ほら、母だって、
前よりずっと幸せそう。
だから僕は余計にこう思うんだ。
「お母さん、
今日も一緒にいてくれて、ありがとう」って。
せめて、笑顔か、
ひとこと感謝のことばをかけてもらえたら、
介護する側の私の気持ちは、だいぶ違うというのに!
そんなことを思っていた私は、
隠れようもなく小さな人間ですが、
きっと共感してくれる人がいることでしょう。
だから今回、
恥ずかしながら、自身の経験を取り上げることにしました。
相手に笑顔になってほしいから、
私が先に笑顔を向ける。
相手にありがとうと言ってほしいから、
私が先にありがとうを言う。
書きながら、なんて私はずるがしこいヤツなんだろう、と思います。
けれど、卵が先か、ニワトリが先か。
はじめは下心から出た、つくりものの笑顔と言葉でも、
結果、本当にそこから、
温かい気持ちや感謝の心が湧いてきたのだから、
終わりよければすべてよし、ではないでしょうか。
自分のためだけど、
いつのまにか相手のためにもなる。
このとっておきの技が、
誰かの介護の日々に届きますように。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》