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コマタエの 仕事も介護もなんとかならないかな?

ちびっこのど自慢仲間と3年ぶりにご飯会 皆からのメッセージ動画に意外な母の反応

駒村多恵さん
駒村多恵さん

タレント、アナウンサーとして活躍する“コマタエ”こと駒村多恵さんが、要介護5の実母との2人暮らしをつづります。ポジティブで明るいその考え方が、本人は無意識であるところに暮らしのヒントがあるようです。子供の頃に度々参加していた子供ののど自慢番組でできた、歌仲間と久しぶりにご飯会を行った時のお話です。

ちびっこ歌仲間

久しぶりに子供の頃の歌仲間で集まりました。コロナ前から企画していたのですが、スケジュールが合わず断念。コロナが落ち着いてくると、これまで止まっていた仕事が一気に動き出し、しばらくそのままになっていたのですが、この程ついに実現。3年越しのご飯会となりました。

私が小学生の頃は子供ののど自慢番組が流行っていました。各局で同じ趣旨の番組が放送されていたので、地区オーディションの本数も多く、次第に顔見知りが増えていきました。

駒村さんが「ちびっこ歌合戦」のオーディションを受けたときのお話はこちら
本好きだから歌手デビュー? コマタエ誕生秘話 今になって知る母の思い

共演したお友達と文通をするのも楽しみのひとつ。北海道のお友達から、「今度TBSの番組のオーディションを受けるから、一緒に合格して東京で会おう」という手紙をもらい、再会を目標に懸命に練習し、地区大会を勝ち抜いて実際に東京のスタジオで彼女を見つけたときの嬉しかったこと! 走って駆け寄り、抱き合って喜んだことを今でも鮮明に覚えています。スタッフの方から「まるで同窓会だな」と言われましたが、まさにその感覚。歌が好きという共通点を持つ、同世代との交流が刺激的で、方言を教え合ったり、家族ぐるみでご飯を食べに行ったり、動物園に行ったり。ちびっこ歌合戦のコミュニティのようなものが出来上がっていました。

ただ、その楽しみは合格しないと得られないことなので、一生懸命練習しました。毎週のように父に連れられて、週末はカラオケ喫茶に行き、人前でパフォーマンスをする練習。夜になるとガラスに自分の姿を映して姿見のように見立て、マイクスタンドを倒しながら歌う練習。倒したときに口元がマイクから離れると声がマイクにのらないので、無意識で倒しても声がマイクにのる距離を保つ練習は何度重ねたかわかりません。だからこそ、オーディションを勝ち抜いてテレビ収録で出会った友達は、同志のような感覚で、学校の友達とはまた違う絆で結ばれている気がしています。そして、このような努力は、内容や程度の差こそあれ、たいていの家庭で親と二人三脚で行われていたように思います。

今回集まったメンバーのうち2人は、私が大学時代に大阪から上京。以来、ご飯を食べたり旅行に行ったり。結婚、出産などライフステージが変わっても、夫、子供、我が家は母も加わって、家族ぐるみの付き合いは続いていました。みんなにとっての母は元気で溌剌(はつらつ)としていたイメージのままです。母のことを気にかけてくれていました。

左から私、夏住由佳里さん、はるな愛さん、水森かおりさん、乃粒さん。それぞれの親にビデオメッセージを収録。それを見た親から喜びのコメントが届いたことを報告し合い、またの再会を約束しました
左から私、夏住由佳里さん、はるな愛さん、水森かおりさん、乃粒さん。それぞれの親にビデオメッセージを収録。それを見た親から喜びのコメントが届いたことを報告し合い、またの再会を約束しました

夜の予定はなるべく入れないようにしている私ですが、この集まりは特別。母をあまり長時間1人にしているのは心配なので、私だけ一足早く退席することを予め宣言して参加していました。私がそろそろ帰ろうとすると、それぞれの親へのビデオメッセージを送ろうということになりました。

「たえちゃんのお母さーん! 元気でいてください。また会いましょうね」帰宅時、母はすでにベッドで寝ていたのですが、帰宅の報告とともにみんなからのメッセージを流すと、閉じていた瞼がパッと開き、嬉しそう。正直反応を期待していなかったので、驚きました。同時に、私の母はいつまでたっても「多恵ちゃんのお母さん」なんだなとも。

すぐにグループのSNSに報告するとみんな喜んでくれて、それぞれのお母さんからの反応とお礼のメッセージも続々とアップされました。随分と大人になったけれど、それぞれのお母さんは私たちに幼い頃の面影を見て、私たちも子供に戻った気持ちになり、一瞬でちびっこの時代にタイムスリップした感覚に。どのお母さんも嬉しそうな様子が文面から伝わり、とてもあたたかい気持ちになりました。

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