介護歴17年 性格を見極めながらの声かけ 介護に通じる仕事の秘訣

タレント、アナウンサーとして活躍する“コマタエ”こと駒村多恵さんが、要介護5の実母との2人暮らしをつづります。17年の介護を振り返り、介護を受ける人ヘの声の掛け方や関わり方の重要性を改めて感じた時のお話です。
最終回
母の妹である叔母は、70歳を超えて介護助手の仕事に就きました。「気がついたら、毎日、時代劇しか観てへん」と急に危機感を覚え、昨今の物価高にも怯え、週に数日、無理のない範囲で就労することにしたのです。今では住宅型老人ホームで利用者さんを前に体操する係なども任され、生き生きしています。ある日、食事を食べられず、すぐにトレイを下げられていた利用者さんに、「口を開ける練習を一緒にしてみましょうか」と、合間に声をかけるようにしたところ、職員さんも驚くほどに食べられるようになった、とか、エプロンにいっぱい食べこぼしがあった片麻痺の方に、スプーンの動かし方を一緒に模索したら、最近はこぼすことがなくなって食べ終わった後のエプロンも綺麗。さらにエプロンを畳んで返してくれるようになったとか。都度、「嬉しいわぁ!」と、叔母から弾んだ声で報告の電話が来ます。関わり方で随分変わるものだなと、改めてその重要性を感じています。
私は介護を始めて17年になりますが、振り返ると、声の掛け方、関わり方は功を奏しているのかもしれないなと思います。特別に気をつけたわけではなく、生放送の仕事の延長線上の思考だったのですが。

例えば、料理コーナーで先生が手順を間違えた場合。塩を入れ忘れたなら、さりげなく先生の手元に塩を移動して気づいてもらうようにしたり、「塩を入れ忘れましたよ」ではなく、「お塩はどのタイミングで入れますか?」など、先生の落ち度と見えないような言葉で塩を入れるきっかけを作ったり。ハプニングを笑って楽しむ先生はその限りではないので性格は見極めますが、できるだけ先生が萎縮しない進行を心がけています。
介護もそれと同じ。性格を見極めながらプライドを傷つけぬよう声をかけます。何かを忘れたり、失敗したりしても、上手く行ったことを褒めて、例えば「逆にこっちを綺麗にしてくれたからだね」などと、失敗にフォーカスがいかないようにするといった具合。動作が困難な日は「今日はしんどかったね。でも、頑張ってくれたのは良くわかってるよ。頑張ってくれてありがとう。」と、出来なかった結果に注目するのではなく、頑張った事実を労います。すると、哀しげだった顔は緩み、安心した表情にたちまち変わるのです。その積み重ねが穏やかに暮らせた秘訣のような気もするのです。
母は、ある時期から「多恵ちゃんごめんな」と、何か私が手助けをするたびに謝るようになりました。私が母の立場でも娘に負担をかけて申し訳ないと思うだろうと理解しますが、同時に、母自身のもどかしさ、悔しさ、やり場のない悲しみ、この先への不安も感じていて、それを取り除くよう心を砕こうと思いました。自分が生きる価値を失いかけた時の他者からの言葉は一層大切。「元気でいて欲しいと思って私が好きでやってることだから、謝らなくていいよー」としっかり言葉にして伝えています。
また、私は他者へネガティブな言葉を発すると、それは巡り巡っていつか自分に返ってくると思っていのですが、逆も然り。母が誰かにかけたたくさんの言葉が、今、私を通してポジティブなものとして母に戻っているのかなと思ったりもします。

さて、この連載も今回が最終回。優柔不断な私に根気よく伴走してくださった編集部の皆様には感謝しかありません。そして、読んでくださった皆様。講演会で、「なかまぁるに書いていたあの話を詳しく聞きたい!」とか、記事に書いた困りごとに関して「こういう案もありますよ」と解決策を教えてくださる方々もいらっしゃって、深く読んでいただいて嬉しいなと常々思っておりました。なかまぁるを通して出会えたことに感謝しつつ、皆さまのこれからが、あたたかで、穏やかであることを願ってやみません。どうぞ末永くお元気でお過ごしください。
