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認知症の人も「消費者の一人」 福岡市が取り組む認知症フレンドリーシティ

(左から)贈呈式に登壇したwelzoの田中さん、リンナイの豊原さん、デイサービス桜の本野さん、認知症当事者のノブ子さん、西部ガスの縣さん
(左から)贈呈式に登壇したwelzoの田中さん、リンナイの豊原さん、デイサービス桜の本野さん、認知症当事者のノブ子さん、西部ガスの縣さん

認知症の人、福岡市、ガス器具会社「リンナイ」(本社・名古屋市)、園芸用品会社「welzo」(本社・福岡市)…。いったいこれらの団体や企業には何のつながりがあると思いますか? 答えは、彼らが協力して「認知症になっても好きな料理を続けられるやさしい製品」を開発したことです。5月27日、福岡市が主催する産官学民で構成された勉強会「Nextミーティング」で認知症フレンドリーなガスコンロの完成を記念してエプロンの贈呈式がありました。集まった関係者の思いを取材しました。

福岡市は2018年から認知症になっても住み慣れた地域で安心して自分らしく暮らせるまちを目指して「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」を始めました。プロジェクトでは産官学民オール福岡で、認知症になっても自分らしく生きるために何ができるかを考え、実際の取り組みにつなげていくことを目指すコンソーシアム「福岡オレンジパートナーズ」など、認知症の人の活躍を支援する様々な施策を展開しています。2021年に創設した福岡オレンジパートナーズには、現在は約110の団体・組織が参加しています。パートナーズの製品やサービスの開発に協力する認知症の人が参加する「オレンジ人材バンク」も同時に創設して、現在認知症の人21人、5団体が登録しています。参加している企業や団体には「ボランティアで参加するのではなく、認知症の人を顧客として考えて参加して欲しい」と呼びかけています。あくまで認知症の人、企業ともにメリットを追求する「ウィンウィン」の関係を築くのが目的です。

こうした取り組みの一環で開催されている「Nextミーティング」は2019年から始まり、最近では年6回開催しています。この日のテーマは「テクノロジーで社会を・人をやわらかくUPDATE!!」で、60人以上の企業関係者が集まりました。

贈呈式では、認知症フレンドリーなガスコンロ「SAFULL+(セイフル・プラス)」のモニターに協力した「デイサービス桜」(福岡市)代表の本野光代さんも出席し、認知症当事者でオレンジ人材バンクの登録メンバーでもあるノブ子さんから西部ガスの縣さんに、「welzo」が開発したエプロンが贈られました。
このガスコンロの開発は2021年に福岡市が実施した認知症の人の希望を実現するプログラム「楽しくお料理編」がきっかけでした。認知症の人が実際に料理を体験するイベントでしたが、ガスコンロを使う時に認知症の人から「点火ボタンと操作パネルが同系色で判断しにくい」「火をつけるときどこを押せば良いのかわかりにくい」「魚マークが無いからグリルがどこかわからない」などの意見が出ました。このイベントに福岡を拠点に長崎や熊本でも事業を展開する西部(さいぶ)ガス(本社・福岡市)の職員がいました。ガスコンロの開発を主導した営業本部リビング推進グループマネジャーの縣隆歳(あがた・たかとし)さんは「危険だからと行って高齢者がガスから離れて電気のIHに乗り換えていけばガス会社の存亡に関わります。それをなんとしても阻止したかった。ガスは火力が強いなど利点もたくさんあります。そこで20年来のお付き合いがあるリンナイの九州支社に相談をもちかけたところ、快諾していただきました」とガスコンロ開発のいきさつを話してくれました。
相談を受けたリンナイもその直後に、福岡オレンジパートナーズに参加しました。その後デモ機などを使って計4回のモニターを実施して、のべ100人以上の認知症の人や家族に実際にガスコンロを使ってもらい操作性を調査しました。そこで感じたのは「高機能なものが必ずしも万人に使いやすいものではない」「操作が難しければ安全面に影響する」ということでした。こうした意見を取り入れて完成したのが、①四角い大型ごとくで炎が見えやすい、②はっきりとした色使いで操作しやすい、③こだわりの音声ガイドで聞き取りやすいビルトインコンロ「SAFULL+」で、今年の2月に発売されました。
welzoも福岡オレンジパートナーズに参加する企業で、開発したエプロンは、ひもで結ばなくても着用できるようになっています。元々は園芸作業用に作られたものでしたが、調理にも使えるので今回、西部ガスで「SAFULL+」を購入したお客さん先着10人にノベルティーとしてプレゼントされることになったのでした。

リンナイのガスコンロSAFULL+と(左から)西部ガスの縣さん、リンナイの伊集院さんと豊原さん
リンナイのガスコンロSAFULL+と(左から)西部ガスの縣さん、リンナイの伊集院さんと豊原さん

その後のセミナーでは、講師として、認知症未来共創ハブ代表の堀田聰子さん、福岡市の医療法人すずらん会たろうクリニック院長で認知症専門医の内田直樹さん、家庭やオフィス向けのロボット開発を手がける「ユカイ工学」CEOの青木俊介さんが登壇しました。経済産業省ヘルスケア産業課課長補佐の小栁勇太さんも出席していて、オレンジパートナーズ同様、同省が推進する認知症の人が参加する製品やサービスを開発する「オレンジイノベーション・プロジェクト」への参加を呼びかけていました。

Nextミーティングで展示されたユカイ工学が開発したロボット
Nextミーティングで展示されたユカイ工学が開発したロボット

認知症の人にやさしい取り組みといっても、利益を追求する企業にとっては何かメリットが見いだせないと動き出すことが難しいというのが本音ではないでしょうか。福岡市認知症支援課の矢野邦弘課長が興味深いエピソードを話してくれました。2020年に福岡オレンジパートナーズとオレンジ人材バンクで実施している「認知症の人の希望を実現するプログラム」で、「外出して食事と買い物がしたい」という要望が出ました。そこで1人の認知症の人が福岡市中央区からバスに乗って東区のショッピングセンターに行って買い物をして帰ってくるというプログラムを計画しました。すると、認知症の人は8000円の買い物をしたそうです。ショッピングセンターからすれば「認知症の人も買い物をしてくれる顧客だった」と気付き、他方で福岡市側は「一歩外に出て買い物を楽しむことで地域への経済効果が生まれ、認知症の進行の予防にもつながる!」と感じました。「認知症の人=消費者の一人」とみんなが気付いた瞬間でした。認知症の人は何もできない人ではありません。認知症の人を消費者としてとらえることこそ、共生社会への近道であるように思います。

このほか、福岡市では、「認知症の人にやさしいデザインの手引き」の策定や認知症コミュニケーション・ケア技法「ユマニチュード」の普及啓発などにも取り組んでいます。
認知症の人にやさしいデザインは、博多区役所新庁舎や民間の看護小規模多能型居宅介護施設「香風館」(福岡市東区)など市内52の施設で導入されています。ポイントは床と壁にコントラストを付けることや、案内表示はピクトグラムと文字を併記して一目で何の設備なのかわかりやすくしている点です。デザイン導入にあたっては、認知症の人へのヒアリングや認知症の人にやさしいデザインで世界的に有名な英国スターリング大学の知見を参考にしてデザインされました。

認知症フレンドリーセンターの談話室
認知症フレンドリーセンターの談話室

昨年9月にオープンした同プロジェクトの拠点施設「福岡市認知症フレンドリーセンター」(福岡市中央区舞鶴2丁目)は福岡市の認知症施策のショーケースといってもいい施設です。認知症に関連する書籍が置かれ、AR(拡張現実)を使った認知症の人の視野感覚を疑似体験できるコーナーもあります。

認知症フレンドリーセンターで体験できるAR
認知症フレンドリーセンターで体験できるAR

トイレに行くと壁やドアが男性は青、女性が赤、バリアフリーは緑に塗り分けられていて、認知症の人はもとより一般の人にとっても一目瞭然でわかりやすい表示だと感じました。

認知症フレンドリーセンターのトイレ。男性、女性、多目的が一目で理解できる
認知症フレンドリーセンターのトイレ。男性、女性、多目的が一目で理解できる

ユマニチュードはフランスで考案されたケアの技法のことです。認知症の人と適切にコミュニケーションをとることでBPSD(周辺症状)やストレスを軽減させる効果が確認されています。福岡市では専門職はもちろん救急隊や家族介護者、小学生や中学生など様々なレベルの人に向けて、これまでに約260の講座を実施して、のべ1万人以上が受講しました。さらに今年4月には福祉局のなかに認知症の専門部署として「ユマニチュード推進部」が創設されました。「全国的にも珍しい名前だと思いますが、これは福岡市がユマニチュードをはじめとした認知症施策を広く市民に知ってほしいとの思いからです」と矢野課長は部の名前に込めた思いを語ってくれました。

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