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認知症と共にある町探訪記

激しく揺れる車内 潰れゆく建物 ドラレコに残された避難までの4分間

長寿園の送迎車が地震に遭遇した場所
長寿園の送迎車が地震に遭遇した場所=3月13日、山本雅彦撮影

2025年には認知症の人が約700万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。それは、災害が発生したときも同じです。2024年の年始に発生した能登半島地震の際、何が起こり、どう対応したのか。石川県珠洲市の2つのデイサービスの「その時」を取材しました。

送迎車に乗車中の6人の高齢者を4分以内に避難 長寿園デイサービスセンター

珠洲市などで高齢者施設を運営する社会福祉法人長寿会の長寿園デイサービスセンター(珠洲市宝立町春日野)の送迎車で撮影されたドライブレコーダーの映像があります。その映像には地震発生から、わずか4分以内に乗車していた利用者全員を車から降ろし、安全に避難させた一部始終が記録されていました。送迎を担当していたのはデイサービスの女性介護職員一人でした。

※長寿園のドライブレコーダーの映像のダジェスト版は、こちらから見ることができます。

長寿会法人事務局次長の高堂泰孝(たかどう・やすたか)さんが当日の様子を話してくれました。
1月1日は午後4時過ぎに女性介護職員1人が運転するワンボックスカーに男性2人、女性4人の利用者が乗って、デイサービスセンターを出発しました。車で数分、約600メートル走ったあたりの国道249号沿いで、まず1人目の男性利用者を降ろすため停車しましたが、そこで地震が発生しました。
職員は、男性利用者が帰宅したことを事前に家人に伝えるため、その利用者の自宅を訪問していました。このため、利用者6人だけが車内に残った状態で激しい揺れに見舞われました。
私は録画された映像をすべて見ましたが、利用者が車内で激しく左右に体が揺さぶられる様子や、揺れが始まってしばらくして車右側の建物がぺちゃんこに潰れていく様子が録画されていました。

長寿園の送迎車が止まった直後の前方の様子。倒壊した家屋が道路を塞いで進行が妨げられた=珠洲市宝立町の国道249号
長寿園の送迎車が止まった直後の前方の様子。倒壊した家屋が道路を塞いで進行が妨げられた =珠洲市宝立町の国道249号、長寿園提供

職員は、このまま車での避難を考えましたが、前方は建物が倒壊して道を塞ぎ、後方の橋は地震による隆起で道路と20センチくらいの段差が生じていました。このため車での避難はあきらめて、利用者全員を徒歩で避難させることにしました。
津波警報のサイレンが鳴り響くなか、「お父さん、降りよう。津波が来るかもしれん!」と職員が利用者に言い聞かせながらシートベルトを外す様子や、最後の6人目の利用者には「出るよ、上(高台に)行くよ!」と促す様子など、緊迫した状況が記録されていました。避難途中の若者が足の悪い利用者を背負って避難する姿もありました。もし自分がこの状況に出くわしたら、私一人で足腰が弱い高齢者6人をこれほどスムーズに誘導できただろうか、と深く考えさせられる記録映像でした。

長寿園は、海岸線から直線で約400メートル離れた高台にあって、特別養護老人ホームやショートステイ、デイサービスなどがあります。もともと津波避難場所に指定されていたので、年に一度、地域住民はこの長寿園を目指して避難する訓練を行ってきました。そうしたことからワンボックスカーを降りた6人も、住民に連れられて長寿園に「戻って」きたのでした。このとき避難してきた地域住民は約250人いたそうです。

この日、デイサービスを利用していたのは戻ってきた6人を含めて14人。このほか、特別養護老人ホームなどに入所している人が約100人いました。出勤していた職員は正月ということもあって普段より少なく35人でした。
デイサービスの利用者と特別養護老人ホームの入所者、地域住民、職員の合わせて約400人が長寿園の施設に避難することになりました。
しかし施設は停電、断水といった被害が出ていたため、急きょ倉庫からダルマストーブ10台を引っ張り出して避難住民に使ってもらったといいます。「入所者には布団に入って暖をとってもらうしかなかったです」と高堂さん。食事は長寿園に備蓄していた150人3日分の非常用米や乾パンを小分けにして分け合いました。3日経過したぐらいから徐々に救援物資が届き始め、避難住民も近隣の避難所へ移ることができるようになったとのことでした。

デイサービス「すまいる珠洲」と谷元完吉さん
デイサービス「すまいる珠洲」と谷元完吉さん=山本雅彦撮影

被災後に営業再開 最大の障害は断水 デイサービス・すまいる珠洲

珠洲市内には地震前、デイサービスが7つありました。しかし地震発生後はどのデイサービスも休業することになりました。そのなかでいち早く1月23日から営業を再開したのが「すまいる珠洲」(珠洲市上戸町)です。もともと年末年始は休みで1月4日からの営業再開始を予定していました。

震災前の利用登録者数は97人で、1日の平均利用者数は26名という人気のデイサービスでしたが、地震直後は休業しましました。管理者は谷元完吉(たにもと・ひろよし)さんで、車で40~50分離れた輪島市から通っていました。谷元さんは地震が起きたときは自宅にいて、外に飛び出してみると「世界が全く変わっていた」といいます。家の前の畑は1メートルほど陥没していて、納屋の玄関も戸が閉まらない状態になりました。自宅に戻ってみると電気や水道は止まり、携帯電話もつながらない状態でした。

ニュースで珠洲の方で津波があったのは知りましたが、全容がわからず利用者や職員の安否、施設の被害が分からないまま不安な時間を過ごしていたとのことです。
そして営業再開を予定していた1月4日、車で施設に向かってみることにしました。「道路がガタガタで、がれきで車が削られながら走りました。強行突破ですね」と谷元さんは言います。途中、携帯電話の電波が通じる場所があったので、職員2人にデイサービスに来てくれるように頼みました。

すまいる珠洲に到着してみると、幸いなことに電気が通っていて電話も通じました。建物も外壁に小さな亀裂が何カ所か入っているだけで、大きな被害は見当たりません。その後、施設は地震により被災した建築物の危険性を判定する「応急危険度判定」で、使用可能であることを示す「緑」の判定ステッカーが貼られたそうです。

施設に到着した谷元さんはまず利用者のファイルを取り出して、安否確認のため片っ端から電話をかけました。ほぼ全員と連絡が取れたそうですが、2人が亡くなっていたことも判明しました。1人は自宅で津波に襲われて、もう1人は家族との避難中に持病が再発して容体が急変したそうです。
谷元さんが津波で亡くなった利用者の自宅跡を訪れた時の写真を見せてくれました。自宅跡はがれきで、その上にうっすらと雪が積もる印象的な風景が写っていました。「正直、このときは心が折れそうでした。でも他の利用者さんは元気かもしれないし、元気だったら何かの助けになるかもしれないと思いデイサービスの再開を決意しました」と言い、谷元さんは涙をぬぐいました。

利用者が津波で亡くなった自宅跡(1月17日、珠洲市飯田町、谷元さん撮影)
利用者が津波で亡くなった自宅跡=珠洲市飯田町、1月17日、谷元完吉さん撮影

それでも営業が再開できたのは1月23日でした。谷元さんによるとこの日の利用者数は5人、24日は1人、25日も1人だったそうです。このままだと経営が成り立たないと思い、ケアマネジャーに連絡をとって新規利用者の獲得に動き出しました。すると、「避難先から高齢の親を自宅に連れて戻ってきたが、日中、壊れた自宅の片付けをする間はデイサービスに通わせたい」など、徐々に利用者が増えていきました。取材時(3月13日)の利用者数は約30人(5月上旬には50人超)にまでなりました。そのうち半数が新規の利用者で、6人が避難所から通っていました。そして利用者の半数は認知症の人とのことです。

すまいる珠洲でレクレーションを楽しむ利用者(3月14日)
デイサービスでレクレーションを楽しむ利用者=すまいる珠洲提供

一方で営業再開にあたって最大の障害は断水でした。水洗トイレの使用は凝固剤を使って対応しましたが、風呂が使えません。一般的にデイサービスの利用者にとって入浴は大きな楽しみで、家族にとっても安全に身体を清潔にしてくれることを期待しています。

施設横で掘削される井戸(すまいる珠洲)
施設横で掘削される井戸=すまいる珠洲提供

デイサービスの親会社である「北陸環境開発」の吉國國彦社長が敷地内で井戸を掘って水を確保しようと発案してくれました。水は簡単に出ましたが、レジオネラ菌が検出されたため、結局、風呂水として使うことができませんでした。次に見つけたのが循環型シャワーです。約100リットルの水をタンクに入れておけば、体を洗った使用済みの水はフィルターを通して浄化されます。フィルター交換もアプリで発注すれば専門の業者が届けてくれるまさに被災地に適したシステムです。デイサービス再開後の2月1日からこのシャワーを使い始めました。

浴場に設置された循環型シャワー(すまいる珠洲)
すまいる珠洲の浴場に設置された循環型シャワー=山本雅彦撮影

谷元さんは「水道が復旧すれば利用者の衣類の洗濯をしてあげることができないか考えています。朝来所した時に洗濯物を預かって、帰るときには乾燥して畳んだ衣類を返す。『料金は格安にしましょう』と社長に相談すると『当分は無料でやりましょう』と言われました」と笑いながら話してくれました。

後日談:その後、上下水道は4月10日に復旧して、風呂もトイレもこれまでどおり使えるようになったと、谷元さんが5月上旬に電話で教えてくれました。

フットマッサージでくつろぐ利用者(すまいる珠洲)
すまいる珠洲でフットマッサージをしてくつろぐ利用者=山本雅彦撮影

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