夕食直後に「夕飯はまだ?」 食い違う記憶をにっこり笑顔に変えるには
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
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介護スタッフの山田くん。
勤務先の高齢者施設で、
いつも山田くんのまわりには、
笑顔があふれている。
しかも、困ったことが起きた時ほど、
山田くんのまわりは明るくなる。
なぜだろう?
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「夕飯、遅いわよ。いつまで待たせるつもり?!」
高齢者施設で、夕飯を食べたばかりのよし子さん。
けれど認知症で記憶障害がある、よし子さんは、
食べたことを忘れて不安になり、
山田くんに詰め寄ってしまったのだ。
それを見ている、周りの利用者さんもドキドキ。
でもこんな時こそ、頼りになるのが山田くん。
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「さては料理長、フルコースでも作ってるんですかね?」と
おどけて、にっこり。
まさか!と、よし子さんもつられて笑う。
「さあ、皆さんとりあえず、ティータイムにしましょうか?」
こうして、よし子さんも周りのみんなも、すっかりにっこり。
——だから山田くんのまわりは、いつも笑顔。
事実の答え合わせよりも、まずはいったん笑いをはさんで、ひと呼吸。
この山田くんとよし子さんのようなやり取りのおさめ方は、
どの高齢者施設でも、一日のなかで頻繁に見かけることでしょう。
なぜなら、高齢だったり認知症があったりすると、
どうしたって生活する上での食い違いは起きやすいもの。
けれどその度に「いいえ、事実はこうです」と答え合わせばかりしていたら、お互いに疲れきってしまいます。
しかも、間違えてしまった本人は、
やりきれない気持ちになったり、否定されることが続いたりすれば無気力になって当然です。
だからこそ、食い違いが生まれたとき、まず介護スタッフは、
いったん相手が笑顔になってもらえるような返しをすることが多いのです。
それは相手の気持ちを守るための笑いであり、介護技術だと私は思っています。
実際私も、両手では数えきれないくらいの「山田くんのような介護スタッフ」を知っています。
それを思うとき、
2025年には認知症がある人が、約700万人に達すると言われている日本ですが、
その未来には明るい光がさしているように感じるのです。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》
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