食事介助は誤嚥防止が最重要 とろみ付き飲料を飲み比べて分かったこと
新卒で入社した出版社で、書籍の編集者一筋25年。12万部のベストセラーとなった『87歳、古い団地で愉しむ ひとりの暮らし』(多良美智子)などを手がけた編集者が、40代半ばを目前にして、副業として訪問介護のヘルパーを始めることを決意しました。働き始めるために必須とされたのが「介護職員初任者研修」の受講。今回は、研修で学んだ「食事介助」についてです。
コロナ禍のため、食事介助の実技は省略
私が介護職員初任者研修を受講した2020年当時はコロナ禍でした。感染予防のため、実技には制約が多くありました。こまめに消毒するのはもちろんのこと、実技中は必ず使い捨て手袋をしなければなりませんでした。指先が思うように使えず、何かとやりづらかったのですが、仕方がありません。
「食事介助」についても、本来なら利用者さん役を相手に、実際に食べ物を口に運ぶ実技をするところなのですが、残念ながら省略。座学中心の授業となりました。
誤嚥が起こるしくみとは
食事介助の際にもっとも注意しなければならないのは、誤嚥(ごえん)と窒息だと教えられました。どちらも嚥下(えんげ)、つまり飲み込みに関わることです。
「高齢になると、飲み込む力が低下します。それは、喉(のど)を動かすのも筋肉だから。加齢とともに全身の筋力が低下するように、喉を動かす筋力も低下するのです」と講師の先生。
私たちの喉は、食べ物が通る食道と、空気が通る気管の2つにつながっています。食べ物を飲み込んでも、気管にはいかず、ちゃんと食道に送り込まれるのは、喉頭蓋(こうとうがい)という器官が動いて、気管に蓋(ふた)をしてくれるから。
「喉頭蓋を動かす筋肉が衰えた結果、うまく蓋が閉じずに食べ物が気管に入ってしまうのが誤嚥です」と説明を受けました。
そうなのか…。高齢者に多い死亡原因として「誤嚥性肺炎」をよく聞くけれど。誤嚥はそういう仕組みで起こるものだったのですね。
比較的若い私たちも誤嚥をすることがありますが、そのときは、自然に咳(せき)が出て、異物を出そうとする反応が起こるそうです。
たしかに、飲み込んだものが変なところに入ってしまって、むせることが時々あります。
「この咳も、喉の筋肉の動きなんです。やっぱり筋力が低下して、咳がうまくできなくなる。そして、食べかすが気管から肺に入ってしまい、そこに含まれる細菌が炎症を起こすのが誤嚥性肺炎です」と詳しい解説が続きました。
なんと恐ろしい…。誤嚥が起きないよう、食事中は目が離せませんね。
高齢者は食べ物が喉に詰まっても静かに苦しむ!?
次に先生は、「誤嚥した食べ物が大きい場合、喉に詰まる、つまり窒息となります」と注意を促しました。
高齢者の食べ物による窒息事故は多発しています。毎年お正月には必ず、お餅を喉に詰まらせて救急搬送された高齢者のニュースを聞くことからも、それはよくわかります。
「でも、喉に詰まらせるのはお餅だけじゃないんですよ。パサパサしたパンやカステラなんかも要注意です」と先生は強調しました。
さらに、先生はこんな話をしてくださいました。
特別養護老人ホームに勤めていたときのこと。利用者Aさんに、お子さんが面会に来られました。面会場所は共用スペース、他にも何人か面会の方がいました。
最初、Aさん親子は、お子さんの手土産のお菓子を一緒に召し上がっていました。が、隣り合った別の面会の方がお子さんと顔見知りで、話に花が咲きます。途中から、Aさんへのお子さんの注意がそれてしまいました。
その様子を、遠くからなんとなく見守っていた先生。ふとよく見ると、Aさんの様子がおかしい。苦しそうにしています。お子さんは話に夢中で、まったく気づいていません。
これは危ない!と、あわててかけ寄り、Aさんの背中をたたいて応急処置をしました。なんとかAさんは喉に詰まったものを出すことができました。手土産のお菓子はひとくちサイズのマドレーヌだったそうです…。
「食べ物を喉に詰まらせたら、派手に咳き込んだり、ジタバタしたりするイメージがありますよね。でも高齢者の場合、咳が出ず、静かに苦しんでいて、気づかれないことが少なくないのです」
私、高齢者の方を前にして気づけるだろうか…。ひやひやです。とにかく利用者さんから目を離さず、様子をしっかり観察すること。その重要性はよーく理解できました。
一番の誤嚥食品は「飲み物」
食事介助の授業で、とくに強く印象に残っているのは、「とろみ」の体験でした。
「お餅やカステラは喉に詰まりやすいですが、喉に詰まることなく通過して気管に入っていきやすいもの。一番の誤嚥食品って、何だかわかりますか?」と先生。
一番の誤嚥食品? うーん、何だろう…。
「それは水分、飲み物なんです」
えっ、そうなの!? それは意外。水分なんて、するりといくから、危険なイメージはないけれど…。
「実はそれが危ないのです。さらさらしているから、早いスピードで喉を通過するんですね。そして、喉の動きが追いつかず、気管をふさげなくて誤嚥してしまうというわけです。飲み物だけでなく、みそ汁なども要注意です」
言われてみれば、私だって、コップを傾けすぎて飲み物が勢いよく喉に入り込み、むせることがあるな。そういうことなのですね。
とろみをつけると、お茶も安全だけれど…
「ではどう防ぐかというと、今日みなさんに実体験していただきたいのが、これです」
と先生が取り出したのが、とろみ剤。
「とろみをつけることで、飲み物を喉に送り込む速度がゆっくりになるのですね。そうして誤嚥を防ぎます」
なるほど、とろみをつけると、水分の動きがゆっくりになるのか! 勉強になります。
持参した飲み物に、おのおのでとろみ剤を入れ、実飲することになりました。私は麦茶でした。とろみのついたお茶を飲んでみると…。
「う、これはきつい…」
いうなれば、お茶味のゆるめのゼリー、でしょうか。正直言って、まずい。1口目はまだしも、3口目となると飲み込むのが困難でした。
「一番きついのは、ただの水ですね」
と先生。ミネラルウォーターを持ってきていた受講生は、顔をしかめて「これ以上飲めません」と言っていました。
飲み物は、あのさらさらした喉越しがおいしさの大きな要素なのですね。とくに、ただの水はほぼ無味無臭。よけいにとろみのきつさが前面に出るのもうなずけます。
一方、ジュースの受講生は「全然飲めます」とのこと。「甘い味のついたジュースは、一番飲みやすいかもしれませんね」と先生。ジュースにとろみをつけたら、まさしくゼリーだものなぁ。
これは実際に試してみないと、絶対にわからない。
とろみのついた水やお茶がおいしくないのは、利用者さんも同じ。おいしく飲んでいただけるよう、飲み物をセレクトする必要がある…。
研修全体の目的が、「利用者さん役を体験することで、利用者さんを理解する」ことでしたが、今回の実体験は、利用者さん目線で介護を考える、大きな機会になりました。