認知症とともにあるウェブメディア

副業ヘルパー

「できた、できた」とご本人も笑顔に 在宅介護を続けるための自立支援

トイレにお連れしたくても時間的に厳しいことが…
トイレにお連れしたくても時間的に厳しいことが…

新卒で入社した出版社で、書籍の編集者一筋25年。12万部のベストセラーとなった『87歳、古い団地で愉しむ ひとりの暮らし』(多良美智子)などを手がけた編集者が、40代半ばを目前にして、副業として訪問介護のヘルパーを始めました。今回は、ヘルパーとして働きながら考えた「『残存能力』を活かす介護」についてです。

訪問介護ヘルパーとしてお伺いしているお客様のWさんは、認知症が進行し、ご自分での着替えが難しくなっています。けれども、全部こちらがやってしまうのではなく、少しでもご本人のできる動作をしていただくようにしています。
「袖に腕を通す」ということが、わからなくなられていますが、Wさんの手をとって袖ぐりまで持っていき、「ここに手を入れましょう」と促すと、体が覚えている動作で、すっとご自分で腕を通されます。
私が、これはいいなと思っているのは、Wさんのご家族が用意された面ファスナー(布に特殊な加工をして面的に着脱できるようにしたファスナー)式の下着です。ボタンやスナップだととめたり外したりの動作が難しく、Wさんご自分ですることができません。でも面ファスナーなら、左右に服を引っ張るだけで簡単に外れます。とめるのも、なんとなく服の左右が合わさればくっつきます。
いずれもご自分でなさったとき、Wさんは「できた、できた」と笑顔で喜ばれます。ささやかなことですが、ご本人の自己肯定感につながっているなと感じています。

いかに、自分でできることは自分でしていただくか

「いかに、できることはご自分でしていただくか」は、毎度の介護サービスでのテーマです。
事業所からも、「ご自分で食べられる方なので、手が止まっても食事介助はせず、お声がけで」「杖を使えば歩ける方なので、車椅子は基本的に使わず、そばで見守りを」といった指示を受けます。
主治医から「身体機能を保つため、(おむつはしていても)できる限りトイレで排泄(はいせつ)するようにしてほしい」などといった要望が入っているケースもあります。
日常生活の中で、ひとつでも多く「できる」ことを保つのは、とくに在宅生活を続けるためには重要になってきます。こうした「できる」こと、つまり「残っている能力」のことを、「残存能力」と言います。

介護職員初任者研修で習った「残存能力」という視点

ヘルパーになるために4年前に受講した介護職員初任者研修では、具体的な介護技術を習いましたが、講義でとくに目を開かされたのが「残存能力」という視点でした。「残存機能」とも言います。加齢や病気、認知症などによって、失われる心身の機能があっても、一方でいまだ残っている機能もある。そちらに目を向け、その力を最大限活かし、また保っていけるようにすることが大切、ということでした。
そして、教えられたのは、介護職はご本人の残存能力を活かせるようにお手伝いするのが仕事だということでした。
初任者研修を受けるまで、私の中で介護の仕事は、「お世話係」というイメージが強かったのです。「代わりに何でもやってあげる」仕事なのだろうと。
そうではなく、「自立支援」こそが介護の仕事。なんでもかんでも先回りして、こちらがやってしまえば、せっかくの残存能力さえ失われてしまう。また、ご本人の意欲を奪い、自己肯定感も下げてしまう…。
「利用者さんのできることは何かをよく観察して、それをご自分でできるように支援することが重要です」と講師の先生に言われ、介護職のイメージががらりと変わったのでした。

このように学んだことで、実家にいる認知症の母への対応についても考え直すこととなりました。それまでは、家事もできなくなった、日付もわからなくなった、名前も出てこなくなった…と、「できなくなった」ことばかり見て嘆いていたけれど、本当は、今もまだ箸が持てました。自力でトイレにも行けました。娘が誰かわかっていました。「残っている力」はたくさんあるのだな、そこに目を向けなければいけなかったなと反省したものです。

時間に限りのある訪問介護の現実

1時間のサービスに洗濯や掃除なども入ってくる
1時間のサービスに洗濯や掃除なども入ってくる

可能なかぎりご自分でできることを…と思って介護ヘルパーとして働いているのですが、なかなか理想通りにいかない面もあります。訪問介護は「時間との戦い」だからです。
かりに1時間のサービス時間として、その1時間の中に「しなければならないこと」がたいていぎっしり詰まっています。おむつ交換、お食事、服薬、歯磨き…。合間に片付け、掃除や洗濯が入ることも。サービス記録もつけなければなりません。デイサービスや訪問看護と共有するノートへの記録が必要なこともあります。
それらは外せない業務であり、どうしても自立支援の部分が犠牲になってしまいがちなのが現実です。
基本の排泄はおむつ内だけれど、できるかぎりトイレにも誘導をという指示があっても、歩行を介助しながらお連れし、トイレ内でズボンと下着を下ろすお手伝い、排泄を待って清拭、下着とズボンを上げるお手伝い、そしてまたお部屋にお連れして……となると、5分では済まない。ご自分でトイレに行っていただく支援を加えたくても、とても時間的に無理だな、となってしまうのです。
でも、時間のないなかでも、なんとか1つでも2つでも、ご自分でできることが増やせるように。小さな努力を積み重ねているところです。

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この連載について

認知症とともにあるウェブメディア