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\新連載/口の機能が低下しても笑顔で食卓を 家族みんなのインクルーシブレシピ

インクルーシブスイーツ。左上から時計回りに2色餡(あん)団子、シュワっと溶けるスフレ、かき氷、あんみつ
インクルーシブスイーツ。左上から時計回りに2色餡(あん)団子、シュワっと溶けるスフレ、かき氷、あんみつ

年齢や障害の有無などにかかわらず、誰もが楽しめる「インクルーシブスイーツ」や「インクルーシブフード」の開発や普及に取り組む志水香代さん。志水さんが考える、家族がともに食卓を囲んで楽しめるおかずを中心としたインクルーシブフードのレシピ連載が、4月から始まります。今回は、志水さんがインクルーシブな食べ物の世界に足を踏み入れたきっかけや、普及啓発への思いを語っていただきました。

初めまして、インクルーシブパティシエの志水香代です。

最初に、私がどうしてインクルーシブスイーツやインクルーシブフードを作るようになったのかをお話したいと思います。

それは今から10年半ほど前、2013年にさかのぼります。それまで私は普通のパティシエとして、ホテルや街のケーキ屋さん、メープルシロップ専門店やコンセプトカフェなどでスイーツを作って販売をしていました。「摂食嚥下(えんげ)」(※)に関わるコトになったきっかけは、歯科医療機器メーカーからのお声がけから始まりました。高齢者や口腔機能が低下した人への食の支援をしながら様々な人がおいしい食事を楽しめる場を提案するコンセプトショールーム兼カフェを作るということで、店長兼パティシエとしてお店の運営を任されたのです。

※食べ物を認識して口へ運び、咀嚼(そしゃく)して飲み込むまでの過程のこと。

月うさぎスイーツ
月うさぎスイーツ

そのお店で初めて知ることになった「嚥下」。お恥ずかしいことに、何て読むのかもわからない無知からのスタート。介護業界や歯科医療業界の専門用語がわからず、苦戦しました。

私がお店に立ってお迎えするのは、必ずしもお口の機能が低下した人や介護・医療の専門家というわけではなく、一般の方々。私と同じく右も左もわからないことだらけであろう「これから介護をする」「介護をしている」方々をサポートすることが役割でした。

「摂食嚥下」に携わる第一人者の先生方から、ピューレやペーストといった嚥下機能の各段階に合わせた「食形態」や、誤嚥(ごえん)を起こしにくい姿勢などの知識を学ばせていただき、そこから専門用語をかみ砕いて一般の方にわかりやすい言葉でお伝えする。それが私の役目であり、間接的に医療従事者と在宅療養・介護の方々をつなぐという橋渡しでもありました。そして、お店の料理教室やセミナーで、受講生にもお伝えしていきました。

魚の身をなめらかなすり身状にした後、切り身の形に成形して焼いた白身魚
魚の身をなめらかなすり身状にした後、切り身の形に成形して焼いた白身魚

「介護をするための食事」「食を楽しむ食事」は、似ているようで感覚的にちょっと違っているのかな、と私は思います。お店に来ていたお客様からよくこんな話をされているのを聞いていました。

「家でごはんの時間が申し訳ないのよ、自分たちとは違う見た目の食事を作って別の部屋で食べてもらっていることに」「病院から家に帰ってきてやっと団らんができるかと思ったのに、食べるものが違うし作るのも大変でよくわからない」「自分たちが普通のごはんを食べていることに罪悪感しかないの」……。このように日々葛藤しているお客様と一緒に考える中で、気付いたコトがありました。

「お家だからこそ、食べたいものを食べる」

食べやすくする工夫がわかれば同じ食事や似た食事を一緒に楽しめるし、会話も笑顔も共有できる。それぞれ食べられる食形態は違いますが、作る人も食べる人も笑顔で過ごせる。その日常が当たり前のようになるのではないのかな、と。
小さな笑顔が続けば今日も明日も幸せだし、うれしい! そう気付いたのでした。

ひき肉を使い、食べやすい塊肉の形に仕上げたビーフシチュ
ひき肉を使い、食べやすい塊肉の形に仕上げたビーフシチュー

そんなたくさんの出会いの中で今、「(口や胃、鼻から)食べる」というベースで“インクルーシブ”(みんなが多様性を認め合い、支え合ってともに生活するという理念を目指すこと)に焦点を当てて作っているのが、インクルーシブフードやインクルーシブスイーツなのです。

レシピは、こんなことを意識しながら考えています。

「五感で楽しめて一緒に作ることができるもの」

目で楽しめる色使い、食欲をそそる香り、口や胃が喜ぶ旨味……。
そして、なめらかさの中でも食感が楽しめること。
つまり、口にしたときに食感を得られ、咽頭(いんとう)へ送り込まれたときには溶けて、食塊(唾液と混ぜ合わさって嚥下しやすい形態)として馴染んでいるということです。

夏のパッションおもちゃ箱パフェ
夏のパッションおもちゃ箱パフェ

認知症がある場合、歯や義歯があれば柔らかいものではなく「かむ」ことを意識して脳に
刺激を送れるような食事の工夫をしていきます。また、嚥下(飲み込むこと)に配慮が必要な場合、食形態のまとまりを意識する工夫をしていきます。

「嚥下」とは、言い換えれば歯で咀嚼し舌を動かし、唾液でまとめて食塊を作り、咽頭へ送り込む一連の動作のこと。

私たちは普段、「食べる」という行動が何気なくできていますが、一連の動作の中で体のどこかの機能が低下すると、出来なくなることも出てくると思います。また、歳を重ねれば誰でも唾液の分泌が少なくなっていきますしね。

食べる前にお顔のマッサージをして唾液の分泌を促し、みんなで楽しく一緒に「いただきます」ができると、自然と食欲も増進していきます。

私が料理を作るとき、いつも考えていることは「食べやすさ」。

どこで、誰が、誰のために作る料理なのか?

料理の先にある笑顔が見たい! そのために相手に寄り添う料理を……。
こんな感じで、どうすれば自ずと食が進んでくれるのかを考えて作っています。

揚げだしアボカド
揚げだしアボカド

もう一つは、「これなら私も作れる、作ってみたい」と行動に移せるきっかけになるレシピにすること。
シンプルに作ったレシピはアレンジしやすく、我が家の味に変化させられるからです。

介護食はもちろん必要です。体の機能が十分でない場合には、「食べる」ことを楽しめなくなるからです。

でも、食べる側も作る側も、その先には「笑顔」になれる食事を楽しみたいもの。突然、自分自身や家族など身近な人の「食べる機能」が低下して不安になったとき、慌てない自分がいたらHappyだと思いませんか?

スーパーやコンビニで揃う素材に、シンプルな作り方。
ポイントとなるところは集中して手を抜かずにコツを押さえて作る……そんな「引き算レシピ」に食べやすさが加われば、毎日Happy!

これからお届けするインクルーシブフードが、どうぞ皆さまの笑顔の源となりますように。

トマトと大根青菜のおでん
トマトと大根青菜のおでん

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