趣味でつながる「認知症フレンズ」でやりたいことを実現 三重・四日市市
2025年には認知症の人が約700万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。少しずつではありますが、認知症の人の思いや立場を尊重した独自の取り組みが個人商店や企業、自治体で始まっています。各地に芽吹いた様々な試みをシリーズで紹介します。
三重県四日市市では認知症の当事者や家族と、彼らをサポートする人たちが共通の趣味や興味を通じて友人のように接する取り組みを行っています。その名もずばり「認知症フレンズ」。2016年度から始めた取り組みですが、2025年までには全国の市町村で整備を目指す「チームオレンジ」などの仕組みにつながる活動と位置付けています。認知症の人がやりたいことを、「友人」がかなえる取り組みを紹介します。
四日市市ではこれまで認知症サポーター養成講座を修了して、次のステップアップ講座(2019年度からは認知症フレンズ養成講座として実施)を受講した人の中で、さらにもう一歩進んで何か取り組みをしたいという人を認知症フレンズとして登録してきました。登録人数は2022年度末で100人を超えていましたが、主な活動内容は市が主催する認知症の啓発イベントのサポートが中心で、コロナ禍の影響もあり徐々に活動が縮小していきました。
認知症サポーターについては、記事「認知症サポーターとは?求められる役割やなるメリット、養成講座について紹介」をご覧ください。
市高齢福祉課ではかねてから認知症フレンズの活動を再構築して、より認知症の人のニーズに添ったものになるようにしたいと考えていました。そこで思い切って2023年春に100人以上いる認知症フレンズ全員へ手紙を出し、活動を継続したいかどうかの意思確認を行いました。そして「活動を継続したい」と答えた66人の新生・認知症フレンズが、2023年6月にオープンした四日市市介護予防等拠点施設「ステップ四日市」を拠点にして活動を始めることになりました。
認知症フレンズとしての具体的な活動は6つあります。ステップ四日市の畑で認知症の人と一緒に畑仕事や園芸活動を行う「畑仕事・園芸班」、認知症サポーター養成講座のマスコットであるロバ隊長のアクセサリーを作る「ロバ隊長づくり班」、認知症フレンドリーな町とはどんな町なのかを考える「まちづくり協議会」、認知症カフェに参加している人やこれから参加したい人が集まって情報交換する「認知症カフェ班」。この他にも「認知症の本読書班」「認知症サポーター養成講座班」などがあります。各班は昨年8月から月1回の活動を重ね、今年1月までにのべ約180人が参加しました。
取材で訪れた日はステップ四日市で「まちづくり協議会」が開催されるというので見学させてもらいました。館内の会議スペースに5人の認知症フレンズと認知症の当事者1人、市高齢福祉課の4人が集まりました。この日のテーマは前回、認知症フレンズや当事者から投げかけられた「地域の移動手段の確保」について、現状や今後の可能性を説明する機会が設けられていました。全国各地で採算が見込めないバス路線などが次々に廃止されていく中、四日市市も例外ではありません。参加した認知症の当事者が暮らす地域の路線バスが廃止されることになって、どうにかして交通手段を確保できないだろうかという課題に対しての意見交換の場を持つことになったのでした。
会議は午後1時半にスタートしました。まず、この解決案として高齢福祉課の瀬古一成課長補佐が「移動支援のしくみと現在、これからの取組」と題した8ページの資料を見せながら、「道路運送法」の規定やコミュニティバス、デマンドタクシーなどの可能性について1時間以上にわたって参加者に説明しました。その後は質疑応答になりましたが、地域の移動手段という大きなテーマは高齢福祉課だけで扱えるものではありません。議論は白熱して午後3時で終わる予定の会議は50分もオーバーして終了しました。
三重県の北部、四日市市の人口は約30万8000人で県庁所在地の津市を抜いて県内最多です。臨海部に四日市コンビナートがあって、名古屋市や豊田市とともに中京工業地帯を構成する日本有数の臨海工業都市です。近年は内陸部に電子機器などのハイテク産業の集積が進み大規模な半導体工場が建設されています。実は四日市市の高齢化率はそう高くはありません。2024年1月の高齢化率は26.3%で、全国平均(概算値)より約3%低くなっています。2022年8月には、認知症があってもなくても、誰もが暮らしやすい「認知症フレンドリーなまち」の実現に向けて、「オールよっかいち」で取り組むことを宣言する「四日市市認知症フレンドリー宣言」を行っています。こうしたこともあって認知症対策には力が入れられています。
ステップ四日市での活動について高齢福祉課の水谷留尉課長は「最大の収穫は認知症の当事者と行政の接点が持てたことです。来年度(2024年度)からは新たな認知症フレンズの養成も再開します。まずは大きな枠組みとして認知症フレンズの活動全体をチームオレンジに仕立てて、その後は『畑仕事・園芸班』などの各班が、それぞれ独立したチームオレンジとして活動できるようになればいいと思っています」と抱負を語ってくれました。
四日市市の認知症フレンズを取材して、イギリスのアルツハイマー協会が2016年ごろから始めた「サイド・バイ・サイド・ボランティア(Side by Side Volunteer)」のことを思い出しました。認知症の人が好きなことを続けられるように支援するサービスで、趣味や興味に基づいて認知症の当事者とボランティアをマッチングさせます。ボランティアは一定のトレーニングを受けた後、週または月に2時間、半年にわたってマンツーマンのサポートを行います。歴史に興味がある者同士なら話も弾むでしょうし、もしかすると「一緒に博物館へ行ってみよう!」となるかもしれません。当時これを聞いて「こんなやり方もありだな」と強く記憶に残りました。認知症になっても当事者がいつまでも好きなことが続けられるよう、まさに認知症の人の尊厳を大切にした取り組みだと感じました。くしくも四日市市の取り組みはイギリスの事例に似ています。こうした認知症の人の思いをかなえる取り組みが、日本でも徐々に広がっています。
- 【チームオレンジとは】
- 全国で1500万人(2023年末)いる認知症サポーターが地域の核になってチームを組織して、認知症と思われる初期の段階から、心理面や生活面を支援する取り組み。2019年にまとめられた「認知症施策推進大綱」の中で提唱され、認知症の人が約700万人になると予想されている2025年までに全国の市町村で整備する目標が掲げられている。