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バリアを超えて、認知症とともに

専門医を隔てる「他科」というバリア かかりつけ医を軸とした連携を

精神科、皮膚科、外科、内科、耳鼻咽喉科、泌尿器科

認知症のケアや医療の現場にある様々なバリア(壁)。どのようなバリアがあり、それを超えていくために、私たちには何ができるのでしょうか。大阪の下町で、「ものわすれクリニック」を営む松本一生先生とともに考えていきます。今回は、診療科目の間にあるバリア(壁)についてです。

今日のテーマは「他科とのバリアを超える」です。みなさん「他科」という言葉を聞いただけで、何のことかイメージできますか? 難しいですよね。これは、医者の業界で、自分が担当している診療科目ではなく、他の医師が担当する診療科目という意味で「他科」と表現しているのです。昔は、医者は担当する科目を細分化せず、すべての領域を診るのがあたりまえだったのですが、今では専門分化が進み、各科目に分かれる傾向が強まっています。この点について認知症の側面からお話ししていきましょう。

科目により注意点が異なることも

82歳になった高島夕子さん(仮名)は、関西で暮らす娘さんの一家と同居しています。朝から夕方まで娘さん夫妻は仕事に出かけ、高校生の娘2人はクラブ活動で夜まで帰宅しません。高島さんは昼間ひとりで過ごす「昼間独居」の状態で血管性認知症になりました。認知症をスクリーニングするための簡易的な認知機能テスト「長谷川式スケール」は30点満点で、20点が認知症の境界線ですが、彼女は現在18点でした。
高島さんの「かかりつけ医」であるA先生は内科医、循環器内科です。高島さんが娘さんの家族と同居するために四国から関西に来たのは十数年前ですが、当時は血圧がとても不安定で、日によって血圧の上下が激しく「動揺性高血圧」を示しました。A先生はそんな高島さんの血圧の浮き沈みを診てくれて、適切に治療に取り組み、以前に比べるとずいぶん落ち着いていました。

ある年の夏、灼熱の日々が続いた時のこと、昼ご飯をひとりで食べ終えた高島さんが立ち上がろうとした時、急に目の前が真っ暗になって倒れてしまいました。症状はすぐに治りましたが、帰宅した娘さんはそのことを聞いて驚き、高島さんは急いで近くの脳外科病院を受診することになりました。結果は「何も脳出血や脳腫瘍(しゅよう)などは見あたらない」とのことでした。その後、秋にかけて何度か同じような事があり、物忘れも進んだような気がして、娘さんは高島さんと共にボクの診療所を受診されたのでした。

全体を俯瞰していないとバリアが高くなる

病院へ かかりつけ医に情報が入っていない

いつもなら「かかりつけ医の先生の紹介状を持って受診してください」とお願いしているのですが、この日、高島さんと娘さんは紹介状を持参しておらず、こちらからかかりつけ医のA先生に連絡することになりました。
なんと、うちの診療所から連絡するまでA先生は、高島さんが夏に倒れて、脳外科病院を受診したことを聞いていませんでした。娘さんにお聞きした時には「意識を失ったからA先生ではなく脳を診てもらいました」とのことでした。

もちろん高島さんや娘さんは医療の専門家ではありませんので、すべてのことを把握することはできません。そんな場合に全体のことを見渡して「俯瞰(ふかん)する」(高い所から全体を見渡すといった意味です)ことの重要性を理解することが、この連載のテーマである「バリアを超える」ために大きな力になることを、みなさんには知っていただきたいのです。

その時に起きていたこと

いつも血圧を見てくれているA先生ならば、夏の暑い日に高島さんが倒れ、脳外科で診てもらったところ「何もない」との診断が下りたとしても、その時に高島さんの脳でどういうことが起こっていたかがすぐに分かったでしょう。普段から血圧の上下が激しい傾向にある高島さんは、血圧の変動で一時的に脳の血流が低下すると「一過性脳虚血発作」が起きやすくなります。脳の動脈が狭くなった狭窄(きょうさく)の状態で、血圧低下などが一時的に起こり、狭窄した先へ十分に血液が運ばれなくなることで、めまいや手足のしびれといった脳梗塞(こうそく)のような症状があらわれるのです。血圧などが元に戻れば症状は消えます。ただ、脳出血や脳腫瘍ができているわけではないため、脳外科で画像診断しても、見つけにくい病気とされています。

脳外科病院の医師とかかりつけ医のA先生が、高島さんの情報を共有できていて、全体の流れを俯瞰的に診て把握できていれば、夏に倒れて以後、高島さんに対して適切な治療をおこなうことができ、状態はもっと安定していた可能性があります。血圧が急に上がった後、急速に低下すると血管内で血液が渦を巻いて、中心部に小さな血栓ができて脳内の細い血管が詰まってしまいます。その結果、血管性認知症は悪化してしまいます。それも防げたかもしれません。
娘さんが脳外科に行ったことも、それぞれの医師が自らの診療科目としてすべきことをしたのも、全て正解です。けれど、ここで診療科目の間でバリアができていたとすると、それはおのおののことをみんなが情報共有していなかったことが原因なのです。

バリアを超えるにはコミュニケーションが不可欠

ボクは地域で開業する認知症専門医なので、健康について何でも相談できる「かかりつけ医」となる能力は持っていません。A先生は、「かかりつけ医」としても長年、地域を支えてきた先生ですから、そのA先生を軸として、高島さんの状態を、娘さんや脳外科病院の医師が共有できる関係性がつくれていれば、「他科」というバリアの壁を低くできたのでしょう。まさに知識は力、それを共有して連携することこそ、大きな支援の力になるのです。

今でも、離島などへき地を担当する医師の中には「全ての診療科」を診ている人が多くいます。ただ、今後は、へき地の患者に対して、遠く離れた都会にいる専門医がインターネット技術などのテクノロジーを用いて遠隔診療を行うことが増えてくるのではないかと思います。そうすると、異なった地域で、しかも違う診療科目の医師同士による連携が、もっともっと求められるようになりそうです。新たな形での「他科とのバリアを超える」ということについても、これからは課題となっていくのではないかと思います。

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