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バリアを超えて、認知症とともに

猛暑の夏のエアコンをめぐる高齢者と家族のバトル 解決策を探るには

認知症では、暑さや口の渇きを感じにくくなることも・・・

認知症のケアや医療の現場にある様々なバリア(壁)。どのようなバリアがあり、それを超えていくために、私たちには何ができるのでしょうか。大阪の下町で、「ものわすれクリニック」を営む松本一生先生とともに考えていきます。今回のテーマは、「当事者と家族のバリアを超える」です。

みなさんは、こんな経験をしていませんか。地域の誰かを支援する場合に、本人の主張と、その人の家族や地域の人々の意見が異なるとき、そこには大きなバリアができてしまいます。それは「本人の主張を通すべきなのか、家族や周囲の意見をとるか」という課題でもあります。今回も個人情報保護のために事実の一部を変更し、仮名で紹介しましょう。

どうしても室内が『暑くない』田丸さんの場合

毎年夏になると認知症の在宅ケアで課題になるのが、エアコンを巡る認知症ご本人と家族とのバトルです。ボクが医者になったころの夏と比べても、昨今の夏の暑さはひどくなりました。認知症を担当していると、毎年のように気温変化や低気圧の往来など、ヒト(という動物)が自然界の中で暮らしていく際にいかに注意が必要であるかに気づきます。

田丸和子さん(仮名)は81歳になるアルツハイマー型認知症の女性です。かつての診療所(ボクの診療所は移転を経験しています)の数軒隣にひとりで住んでいた彼女は、当時は開設していた内科に来ていました。「体がだるい」ということで、内科での点滴を時に受けに来ていたのです。しかし内科を担当していたボクの母(医師です)がいくら調べても田丸さんには病気が見つかりません。そこで認知症について診ていくと、脳内の微小脳梗塞(こうそく)がたくさんあり、水分が足りていないことがわかりました。そのことを娘さん(普段は別の県に住んでいる)に告げたところ、「いつも夏の昼過ぎに自宅を訪問してもエアコンが切ってあり、いくらつけても『寒い』といって自ら消してしまう」と悩みを打ち明けられました。

どちらの意見を重視するか、ケアマネジャー頭を抱える

そのことをケアマネジャーにも伝え、せめて介護保険で田丸さんがエアコンを切ってしまうことがないように見守る体制を作ることになりました。ところが実際に彼女の家を訪問するホームヘルパーから、次のような意見が出ました。

「私たちは当事者の気持ちを大切にしたケアをするように訓練されてきました。今回はケアマネジャーや医療者が娘さんと相談したようですが、本人がNo!と言っていることを無理に行うのは、パーソンセンタードケア(ケアを受けている本人の気持ちを考えて行うケア)に反するのではないでしょうか」、と。

本人の意見の中にも間違いはある!?

多くのケアの世界で聞こえるのが、「本人の意見の中にも間違いはある」という言葉です。もちろん、本人の気持ちを聞くことなく、周囲の者や支援する側の人が都合よくなるようなケアを行うことは、パーソンセンタードケアや「その人のこころに寄りそうケア」ではありません。あくまでもその人の意見をしっかりと聞いて、それをできる限り反映できるようにすることが大切です。

しかし、本人の発言が必ずしも現状を把握していなかったとしたらどうでしょう。今回のように脱水が起きていても「口の渇き」を感じないことや、脳の変化から温度への反応や調節がうまくいかなくなることは、認知症のケアではよくあることです。認知症は脳変化を伴う病気なので、その部分の働きが低下すると、感覚として「暑い!」と感じなくなるのです。

地域包括ケア・多職種連携の大切さはここに

みんなで「その人のためになる方法」を考えることが大切

この話は今日ほど多職種の連携や、医療、介護、福祉だけではなく地域のいろいろな人々の善意ある協力によって認知症の人や家族を支えようとする地域包括ケアの概念が進んでいなかったころの話です。しかしその当時でも娘さんやケアマネジャーなどみんなで集まって、田丸さんの状況を話し合うことで解決方法が見つかりました。関わってくれた多くの人の意見から、田丸さんが温度の変化を感じていないさまがわかってきました。ボクの手元の脳の画像写真からも環境変化からくる温度の差を調整する能力が田丸さんには残っていないことも示唆できました。そこに娘さんが訪問するたびに本人が大汗をかいているのに、「暑くない」といってエアコンもつけず、麦茶を出しても、「水気を飲むとおなかがいっぱいになる」と言って飲もうとしないことなど、客観的な事実がわかってきました。

多職種が連携しながら、担当する人のことを理解して、そこに家族の意見が連動することで、田丸さんの生活は少しずつ変わりました。「本人の言い分か」「家族の意見か」を選択するときには、本人の言い分が間違っている場合にも、そのことを頭ごなしに否定しないことが大切です。「ほらね、おかあさんは暑くないというけど、みんなが暑いと言っているわよ」と論破してうまくいくケアはありません。そのような場合には、周囲のみんなが連携して、ほんの少しずつでもエアコンが動いている時間を延ばす、ほんの少しでも水分が多めの食事にする、といった「さりげない」対応の積み重ねが大切です。

みんなで考えて「その人のために」なる方法、方向性を見いだしていくことは、たとえ本人の意見とは真反対に見えたとしても、しっかりと「パーソンセンタードケア」を実践していることになるのです。

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