東大発のi.schoolを徳島市で 認知症の人に優しい暮らしの在り方を探る
2025年には認知症の人が約700万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。少しずつではありますが、認知症の人の思いや立場を尊重した独自の取り組みが個人商店や企業、自治体で始まっています。各地に芽吹いた様々な試みをシリーズで紹介します。
徳島市は2023年度、「認知症の人に優しい暮らしのアイデアを考える」ワークショップをこれまでに3回開催しています。徳島市健康長寿課や地域包括支援センターが主導したワークショップですが、ユニークなのは解決方法を導くために徳島大学が2022年から始めた“i.school”の手法を取り入れたことです。また、ワークショップを運営するコアメンバーは市や地域包括支援センターの職員や高齢者施設で働く人だけでなく、一般の会社員も含まれています。行政、福祉、民間が一体となって認知症の人にやさしいまちづくりに取り組むワークショップに2023年12月、参加してきました。
i.schoolは2009年に東京大学で始まったイノベーション教育プログラムで、社会的課題を解決するアイデアの創出方法に焦点を当て、人間中心のイノベーションを体系的に学びます。徳島大学では2022年4月から「日本や世界を変えるイノベーションを実現する人材を徳島において育成する新たな取り組み」として、i.schoolを運営する一般社団法人日本社会イノベーションセンター(JSIC)の認可を受け、「徳島大学i.school」を開始しました。徳島大学のプログラムでは、イノベーションを起こすアイデア発想を6つのアプローチ手法で学びます。学内の公募で集まった学生たちが1年を通じて学び、地方ならではの風土や視点を生かした人材の輩出を目指しています。
講師を務める徳島大学高等教育研究センター徳島大学i.schoolの特任講師、玉有朋子さんは、以前から徳島市と協力して知的障害者などを支援する福祉のワークショップの講師を務めてきました。そうした関係からこのワークショップも玉有さんが講師を務めることになりました。「福祉系のワークショップでは関係者しか集まらないことが多いのですが、このワークショップは若い世代も関心を寄せてくれています。70代の当事者の方も大変喜んでくれて、非常にやりがいがあります」と話します。「テーマとなる認知症の人や家族のことを事例として用意し、参加者がそれぞれの立場で解釈して示唆を導き出す、i.schoolの目的分析の手法を使ってアイデアを発想しています」と説明してくれました。
今回のワークショップのテーマは「認知症の人や当事者家族を支える、介護サービスを提供する人やボランティアの人たちのための製品やサービス・仕組みなどのアイデアを考える」でした。事前にヒアリングした川添圭子さん(徳島市地域包括支援センター認知症地域支援推進員)や福富郁代さん(元介護施設管理者)、西川珠姫さん(地域密着型介護老人福祉施設介護部長)たちの経験や、認知症の人への思いなどの事例がグラフィックレコーディング(聞いた話や考えたことをホワイトボードや白い紙に書き出していくという方法)で可視化されたものが各テーブルに置かれ、ワークショップがスタートしました。
最初に参加者の自己紹介があり、次に認知症の種類や症状など認知症の基礎知識を学びました。そして、玉有さんの講座が始まりました。参加者はまずグラフィックレコーディングから「話の中で認知症の人や家族に対するサポートとして大事だと思うところ」の事実の抽出を試みました。興味を持った部分を赤マジックで囲み、なぜ大事なのか、自分が気付いたことや考えたことの「解釈」をピンク色の付せんに書き出しました。
その解釈を元に、次はサービス提供者にとって当事者の生活をより良く支えるために必要なもの、つまり「示唆」を青色の付せんに書き出しました。最後は示唆から「サービス提供者にとって当事者の生活をより良くし、支えるための具体的なアイデア」を黄色の付せんに書き出しました。この黄色の付せんに書いたものが地域の課題を解決するアイデアになります。例えば、この日のイラストには「介護施設への移動は環境の変化につながり当事者の精神面にダメージを与える」という事例が書かれていました。あるグループはそこから「プロジェクションマッピングやバーチャルリアリティを使って、その人がかつて暮らした部屋を再現して住環境の変化を抑制する」というアイデアを導き出していました。介護の現場でも自由な発想が大事だと痛感させられる1コマでした。
ワークショップはそれまでに8月、10月と2回開催されていて、私が参加したのは今年度最後のワークショップでした。当日の参加者は約20人で、20代から70代まで幅広い年齢層の人がいました。職業も認知症に関心があるという看護師や幼稚園で働く男性、大学生など様々です。5人ずつのグループに分かれて、徳島大学i.schoolの学生がファシリテーターとして各グループに1人ずつ配置されていました。ワークショップ全体の方向性や内容を考えるコアメンバーは川添さん、福富さんの他、古賀優香さん(第一生命保険)、伊賀達郎さん(徳島健康生活協同組合)、中村由香さん(徳島市医師会訪問看護ステーション)、高橋輝美さん(押し花インストラクター)、尾鴑(おぬか)由美さん(徳島市地域包括支援センター)で、毎回参加しています。第一生命保険の古賀さんは「ワークショップで得た知見で今後、認知症の人が住みやすい環境をつくるために企業として何がお手伝いできるのか、というのを意識して参加しています」と話してくれました。
ワークショップを主催した徳島市では、数年前から認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)や認知症施策推進大綱の中で、認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりや、認知症バリアフリーのまちづくりの推進を模索していました。医療や介護分野との連携だけでなく、認知症の人や家族はもちろん、民間事業者や地域住民など、地域の様々な人との連携を図ることを目指していました。「講演会や研修のように一方通行の普及啓発活動ではなく、認知症の人を含む様々な参加者が意見を述べ、連携できる体制を構築したいという前任者の思いがあり、それを引き継ぎました」と、徳島市健康長寿課の小川和幸さんは話してくれました。そして、認知症の人にやさしいまちづくりに強い思い入れがあった川添さんと協力してワークショップを開催することにしました。
保健師・看護師である川添さんは、徳島県出身で高知医科大学(現・高知大学医学部)を卒業後、徳島県内の病院勤務を経てNGO団体「JIM-NET(名誉顧問:鎌田實医師)」に参加しました。そしてイラクのクルド人自治区に派遣され小児がんの病院で1年半働きました。2011年に東日本大震災が発生すると、今度は宮城県石巻市に派遣されました。2014年、出産を機に徳島に戻り2015年から徳島市地域包括支援センターで働き始め、2018年から認知症地域支援推進員になりました。しかし、推進員として地域を回ってみると、市民の認知症への理解が足らず、認知症になっても隠したがる人が多いことや、認知症の人が行ける場所が少ないなど、認知症の人への支援が圧倒的に不足していることに気付いたそうです。その経験を踏まえて「徳島を認知症の人にやさしいまちにしてみよう」と決意しました。
2月にはこれまでの3回のワークショップで出たアイデアを、どう実現させていくのかを話し合う「いつどれやる会」が開催されます。1回目のワークショップのテーマは「認知症の初期の人が自立して生活するために、仕事をし続けることができる製品やサービス・仕組みなどのアイデアを考える」でしたが、この回だけで150ものアイデアが出たそうです。その中で認知症の当事者と社会との共生を考えるアイデアとして、認知症カフェならぬ「認知症居酒屋」がありましたが、これは当事者2人が参加して昨年12月に実現させました。いつどれやる会を経て何が実現していくのか……。徳島市の変化を見守っていきたいと思っています。