認知症の人に言ってはいけない言葉とは?シーン別の接し方や声がけのコツを紹介
取材/中寺暁子
「さっきも言ったでしょ」「立ち上がらないでください」……認知症の人に対して、つい言ってしまいがちな言葉があります。しかしこうした言葉は認知症の人を不安にさせ、自尊心を傷つけ、BPSD(行動・心理症状)を増大させることにもつながります。具体的にどのような言葉を言ってはいけないのか、どのような言葉をかけるべきなのか。浜松医科大学老年看護学教授の鈴木みずえさんに教えていただきました。
- 認知症の人を1人の人間として尊重することが大切
- 認知症の人と接するうえで役立つ「パーソン・センタード・ケア」
- 認知症の人に言ってはいけない言葉とかけるべき言葉
- 【シーン別】認知症の人への接し方・言葉選びのポイント
- 認知症の人に声がけをする際のポイント
認知症の人を1人の人間として尊重することが大切
認知症の人と接するときに、「何もわからない人」「理解できない人」と決めつけていませんか? こうした先入観や偏見があると、コミュニケーションがうまくいかなかったときに、思考はそこでストップしてしまいます。例えば自分が伝えた言葉が相手に理解してもらえなかったとき、相手が認知症でなければ、自分の言い方が悪かったのかもしれない、あるいは周りがうるさいので聞き取れなかったのかもしれないなどと考えるものです。そして、言い方を工夫したり、静かな場所に移動したりするはずです。しかし認知症の人に対して「理解できない人」という先入観があると、そうした対応はとらずに「仕方ない」と諦めてしまうものです。
もちろん認知症の人は理解するのに時間がかかったり、周りの雑音も一緒に拾ってしまったりする傾向はあります。しかしそこでコミュニケーションをやめてしまうのではなく、どうしたら理解してもらえるかと工夫することが大事なのです。言葉を1つずつ区切ってていねいに伝える、しっかり話したいときには、時間を設けて静かな環境を準備するといった工夫によって、コミュニケーションをとることはできます。
どうすれば伝わるかを考えて工夫しながら接していると、それまであまり話さなかった認知症の人が、自分が考えていたことを話し出すといったことも実際にはあるのです。
認知症の人と接するうえで役立つ「パーソン・センタード・ケア」
英国の社会心理学者であるトム・キットウッド教授が1980年代に提唱したケアが「パーソン・センタード・ケア」です。「年齢や健康状態に関わらず、すべての人々に価値があることを認め、尊重し、一人ひとりの個性に応じた取り組みを行い、認知症を持つ人の視点を重視し、人間関係の重要性を強調したケア」のことで、認知症の人の満たされていない心理的ニーズを見つけ、その人に合ったケアプランを考え、実践するのに役立ちます。心理的ニーズを見つけるために、その人の思いを聞き、表情やしぐさ、行動、健康状態、生活歴などから情報を集めることが必要だと考えられています。
個人の価値を低める行為(PD、Personal Detraction)はなるべくしないようにし、個人の価値を高める行為(PE、Positive Event)にもとづいたケアをこころがけることが大切です。
認知症の人をいい状態にもっていくためのニーズに合ったケアは、特に介護や看護の専門職が得意とすることです。薬などの治療ではできないことであり、仕事のやりがいにつながるはずです。
認知症の人に言ってはいけない言葉と、伝えることで、さらにご本人の気持ちが落ち着く言葉
認知症の人に言ってしまいがちな言葉の中には、関係性を悪くしたり、BPSDを悪化させたりする言葉があります。具体的にどのような言葉がNGなのか、逆にどのような言葉をかけるべきなのかを紹介します。
行動を強制・命令する言葉→行動の理由や目的を聞く言葉に
「~してはいけない」「~はダメです」といった言葉は、特にリスクを回避しなければならない場面で使いがちです。例えば歩行に障害があって車イスに座っている人が突然立とうとしたとき、「立ち上がらないで」「動かないで」といった言葉が咄嗟(とっさ)に出てくるかもしれません。しかし相手が認知症ではなかった場合、こうした言い方はするでしょうか。確かに相手が子どもであれば自然かもしれませんが、相手が大人の場合、突然立ち上がったらまず「どうされましたか?」など、目的や理由を聞くものだと思います。
認知症の人も意味なく立ったわけではなく、ずっと同じ姿勢で座っていたために体がつらくなったのかもしれませんし、トイレに行きたかったのかもしれません。命令口調で行動を制するようなことを言われると、なおさら本当の目的を表現できなくなってしまいます。
また、「立ち上がらないで」といった言葉で一時的に危険を回避できたとしても、本人の目的を達成できていなければ、スタッフが少し離れた間に再び立ってしまい、結果的に事故につながる危険性もあります。立ち上がった理由を聞いて、その目的が達成されれば、再び立ち上がることは防げます。自分から理由をうまく言えない場合でも、しばらくトイレに行っていない、長時間座りっぱなしといった状況までを考えると、自然と「立ち上がらないで」ではなく、「トイレに行きますか?」といった声がけになるのではないでしょうか。
間違いを指摘・否定する言葉→相手に寄り添う言葉に
認知症の人は記憶障害などによって、例えば食事をしたあとなのに「ごはんはまだ?」などと言うことがあります。「さっき食べたでしょ」と間違いを指摘するような言葉をかけても、それを言われたからといって思い出せるわけではなく、自信を失うだけです。それよりもなぜ食べたばかりなのに、食べたがるのかという理由について考えることが大事です。例えば施設などでは食事量が一律で決まっていることが多いので、その人にとっては少なくて満足感を得られていないということも考えられます。この場合、「先ほど食べたようですが、お腹がすかれましたか?」といった声がけが適しています。発言が間違っていたとしても、なぜその発言に至ったのか、理解しようとする姿勢が大事です。
- 数分や数時間前の短期的な記憶における障害については、こちらをご参照ください。
- 「短期記憶障害とは? 認知症での忘れる順番 原因と対策を解説」
自尊心を傷つける言葉→相手の経験や年齢に見合った言葉遣いに
ケアする側はつい、認知症の人を子ども扱いするような言葉や「~してあげる」といった言葉を発してしまうことがあります。かなり年下のスタッフからの子ども扱いするような言葉によって、当然自尊心は傷つき、自分は何もできない人間なのだと自信を失っていきます。こうしたことが繰り返しあると、次第に意欲が低下していき、うつ状態になることもあります。「~してあげる」ではなく「一緒に~しませんか」といった言葉にするなど、相手の年齢や経験に見合った対応を意識しましょう。
急がせる言葉→その人のペースを尊重する
パーソン・センタード・ケアでは急がせるような言葉は、個人の価値を低くする言葉だと位置づけられています。急がせる言葉によって、本人のペースで時間をかければできるはずのことができなくなってしまいます。つまり本来の能力を奪うことにつながるのです。時間の制約があり、急いでもらわなければならない場面もあるかもしれませんが、「ゆっくりで大丈夫です」と言えるような余裕をもったタイムスケジュールを組むことが大事です。
また、ケアを早く終わらせることを優先すると、スタッフが何でも先回りしてやってしまったり、決めてしまったりすることがあります。しかし必要以上にやりすぎると、本人の能力を奪うばかりか、認知機能の低下にもつながる可能性があります。自分で選択することは、認知機能を上げるといった研究報告もあるのです。例えば朝着る洋服、お茶の時間のドリンクの種類など、なるべく本人に選んでもらう機会を設けるようにしましょう。ただし選択肢が多すぎると選ぶのが難しくなるので、2つくらいの選択肢を用意するのがおすすめです。
- 言葉のほか、認知症の人にやってはいけない行動については、こちらをご参照ください。
- 「認知症の人にやってはいけないことは何?困ったときの対応方法と心構えを紹介」
【シーン別】認知症の人への接し方・言葉選びのポイント
認知症の人に対してよくあるシーン別に、かけるべき言葉や接し方について紹介します。
家族や友人と間違われたとき
否定する言葉は使わないことが基本なので、例えば息子と間違われた場合、「私、息子さんに似ていますか」など、まずは否定も肯定もしないような言葉で受け止めるのがいいでしょう。また、息子と間違えたということは、もしかしたらその人の中で息子に会いたいといった気持ちがあるかもしれないので、間違いをきっかけに息子に対する思いなどを聞くと、本人の気持ちが落ち着くかもしれません。
妄想・幻覚症状があるとき
認知症の人によくある妄想に「もの盗られ妄想」があります。もの盗られ妄想は、認知症になってケアを受ける立場になったことで自尊心が傷つけられることがあると、起こりやすくなります。「お財布を盗られた」と言っていたら、否定せずに一緒に心配したり、探したりすると、自分が大事にされていると実感できて、妄想が落ち着くこともあります。
幻覚症状についても否定せずに、本人が幻覚によってどのような思いをしているのかを聞いて共感するような言葉をかけると、本人の気持ちに寄り添えます。幻視によって怖い思いをしているのであれば、「それは怖いね」と共感の言葉をかけるのと同時に、周囲の環境を確認するといいと思います。光の加減や置いてある物によって、幻視が引き起こされることがあるので、原因となりそうなものを取り除けるといいですね。
自宅に帰りたいと言われたとき
今いる場所に対して、居場所がない、さみしいといった気持ちがあるのだと思います。その場しのぎで「もう電車がないから」とごまかしても、さみしさは増すだけです。しっかりと本人と向き合う時間を設けると、安心感をもってもらえるのではないでしょうか。言葉のコミュニケーションができれば、本人が抱えている感情を吐き出してもらうことが有効ですが、それが難しければ手を握るなど触れるケアによって安心感を持ってもらうことができます。寝る前に不安になる人には、背中をさすると安心して眠りにつきやすくなるということもあるのです。
怒っている理由がわからないとき
認知症の人は感情が先に表に出て、自分でもその理由がわからないということがあります。しかし理由はあるはずなので、その前の言動で認知症の人に対して否定や命令するような言葉をかけていなかったか、子ども扱いしていなかったかなど振り返る必要があります。
高齢の人は難聴になっていることが多いので、大声で話しかけることがありますが、それが認知症の人にとっては怒鳴られているように感じることがあるようです。年下のスタッフに大声で怒鳴られたと感じたら、怒るのは当然かもしれません。たとえ大きな声でも笑顔で目を合わせて話せば怒鳴られているとは感じないはずなので、話すときの表情や姿勢を意識することも大事です。
できないことが増えて落ち込んでいるとき
落ち込んでいるときは、ボーっとして、行動力も低下しがちです。施設などではほかの利用者がレクリエーションなどをしているときでも、参加できずにただ見ているということもあるでしょう。しかし様子を観察していると、一瞬でも興味を持ったような目つきになることがあります。そうしたタイミングを見逃さずに「一緒に参加してみませんか」と声をかけると、「スタッフが一緒であれば」と参加してみる気になるかもしれません。なるべく失敗しなくてすむようにサポートできれば、無事に参加できたという成功体験が自信になります。
認知症の人に声がけをする際のポイント
よい人間関係を築くためには、認知症の人のコミュニケーションの特徴を理解する必要があります。認知症の人に声がけをする際の6つのポイントを紹介します。
安心感を持ってもらう
認知症の人はできないことが増えることなどから、大きな不安を抱えています。笑顔で視線を合わせ、やさしい声で話しかけるのが基本です。
会話に集中しやすくする
認知症の人は1つのことに集中するのが苦手です。会話に集中できるように静かな場所で話す、「〇〇さん」と名前を呼んでから話す、1対1で話す、1つずつ短い言葉でゆっくりと話す、ジェスチャーや絵を使うといった工夫が効果的です。
具体的な言葉を選ぶ
「あれ」や「それ」といった指示語はなるべく使わず「トイレ」など具体的な言葉を選びましょう。また、「トイレ」よりも「便所」のほうが伝わりやすい人もいるので、なるべく相手が理解しやすい言葉を探ることが大切です。選択してもらう場面では、選択肢は2つくらいまでにして、そのものを見せながらだとよりわかりやすくなります。
毎回、初対面だと思って接する
記憶障害がある人に対しては、毎回初対面だと思って挨拶や自己紹介をするようにしましょう。大切なことは何度も繰り返し伝えること、さらに絵や実物を見せるなど視覚も使うとより伝わりやすくなります。
返事をじっくり待つ
声がけをしたあとに返事がないと、続けて「わかりますか?」などと声をかけてしまいがちです。答えを考えていたかもしれないのに、続けて声がけをされると思考が止まってしまうことがあるので、じっくりと静かに返事を待つことが大事です。それでも返事がなければ困っていたり、返事を忘れていたりするかもしれません。背中や肩、手に触れると「大丈夫ですよ」という思いが伝わります。ただし触れたときに少しでも嫌がるようであれば、すぐにやめましょう。
わかりやすい返事をする
認知症の人は、相手の表情を読むのが苦手な場合があります。「話を聞いています」ということがしっかり伝わるように、目を見て「はい」「そうなんですね」「すごいですね」といった相づちを打つようにしましょう。認知症の人の話からキーワードを見つけて、その言葉を繰り返すと、しっかり受け止めているということが伝わりやすくなります。
まとめ
かける言葉や接し方1つで、認知症の人の状態はよくも悪くもなります。自分の言葉によって認知症の人がよい状態になれば、大きなやりがいにもつながります。言葉が持つ影響力を意識して、日々認知症の人と接することが大切です。
認知症の人に言ってはいけないことについて解説してくれたのは……
- 鈴木みずえ(すずき・みずえ)
- 浜松医科大学老年看護学教授
1982年藤田保健衛生大学保健衛生学部看護学科卒業、92年筑波大学大学院医科学研究科修了(前期博士課程)、96年筑波大学医学研究科修了(後期博士課程)。浜松医科大学助教授、三重県立看護大学教授、同大学交流研究センター長、同大学地域看護学教授などを経て、2016年から現職。高齢者の転倒・認知症予防に関する看護方法の開発、高齢者ケアの質評価方法の開発、高齢者の介護予防・自立支援に関する研究などを専門とする。『認知症の看護・介護に役立つ よくわかるパーソン・センタード・ケア』(池田書店)を監修。