仕事から帰ると、いるはずの母の姿が見当たらない…今でも胸が痛む秋の事件簿
タレント、アナウンサーとして活躍する“コマタエ”こと駒村多恵さんが、要介護5の実母との2人暮らしをつづります。ポジティブで明るいその考え方が、本人は無意識であるところに暮らしのヒントがあるようです。今回は、母親が家で一人にならないように、デイサービスを利用することを決意したときのお話です。
デイサービス
今年の11月は暖かい日が多かったですね。夏日を記録したのには驚きましたが、11月の週末にぽかぽか陽気だったりすると、心のささくれのようなものが痛みます。私が母をデイサービスにお願いしようと決意したのも、そんな季節外れの暖かな日でした。
母は、私が出かけるときには、必ず姿が見えなくなるまで見送ってくれました。暑い日も冷え込む日も、どんな天気でもベランダに出て手を振るので、途中で振り返っては「早く部屋に入って!」のジェスチャーをするのですが、一向に入らないので、早く見えなくなるように私は速度を上げ、角を曲がるまで早足で歩いたものです。
その日、私は都内でロケがあり、昼前に家を出ました。11月にしては暖かく、土曜日ということもあってか街も少しのんびりしていて、笑顔で手を振る母に自然と笑みがこぼれ、普段なら早足のところ、ゆっくり手を振り返していました。日差しが気持ちよく、伸びをしたいような天気。絶好の外ロケ日和だけど今日は室内ロケだな、などと思いながら角を曲がり、現場に向かいました。
料理研究家の先生の仕事場を拝見するロケ。順調に進み、日が落ちる前に家に戻りました。いつものように玄関でチャイムを押し、母が鍵を開けてくれるのを待っていたのですが、返答がありません。トイレにでも行っているのかな? 何をしてるんだろうと思いながら鍵を開け、玄関のドアを開くと、カーテンが風に揺れているのが目に入りました。母の姿はなく、ベランダの扉が開きっ放しです。
これはいったいどういう状況だ? 事態が呑み込めません。
母を呼んでみても返答がありません。いったい何があったのか。心がざわつきます。もしやベランダから落下したのでは? スリッパも履かず、ベランダへ走りました。
ベランダに出ると、母が倒れていました。
「どうしたん!?」
駆け寄ると、小さな声で
「立たれへんようになってん…」
母の足元には避難はしごを塞いでいる蓋(ふた)がありました。この数センチの段差につまずいたのか。朝、私を見送ったあと、部屋に入ろうとしたときにつまずいたので、約6時間横たわっていたことになります。「ああ、かわいそうに。しんどかったなぁ」涙ぐむ母の背中をさすり、さぞ心細かったであろうと私も涙がこぼれました。今日はたまたま比較的家から近い場所での仕事だったからよかったものの、これが遠方だったり、泊りの仕事だったらどうなっていたことか。
陽気だったからよかったものの、雪が降っていたら凍えていたでしょう。真夏なら熱中症になっていたかもしれません。色々な「たら・れば」が頭をめぐり、改めてゾッとしました。
これはなかなか辛い出来事でした。介護度が進んだことをはっきり突き付けられた気がして、私も母もショックでした。まだ大丈夫と思っていても、大丈夫じゃなくなる瞬間は急に訪れるのです。「私が不在の時はデイサービスにお願いしよう」ベランダから母を抱えながら部屋に入った時、私はそう決意したのです。
それからは、仕事で家を空けるときは、基本的にはデイサービス。短時間でもヘルパーさんをお願いし、長時間一人にすることはないようにしています。何かあっても手遅れになることがないように。それでも、時々携帯電話にデイサービスから着信があると、一気に不安が襲います。たいていは、さほど緊急性がない私の凡ミスが原因の用件なので、多忙な中、電話をもらって申し訳ないと自分のうっかり加減にがっかりするのですが。
在宅介護は一人で抱えるには限界があります。全幅の信頼を置ける社会資源にお願いできることは本当に心強いです。誰かを頼りながら、これからも一日も長く続けられればと思っています。