認知症当事者を癒やすホースセラピー 干し草の匂いに包まれた豊かな時間
“侍”として米国社会に挑む心意気で2001年に渡米し、バイオテック(製薬)企業で新薬開発に努めてきた木下大成さん(56)。カリフォルニア州のシリコンバレーで妻、息子との生活を過ごしてきましたが、数年前から少しずつ見られていた記憶や理解力の低下が顕著になり、2022年10月、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。認知症とともにある人生を歩み始めた木下さんが、日々の出来事をつづります。今回は、初めて体験したホースセラピーについてです。
この日の目的地、ホースセラピーが行われる“Connected Horse”(コネクテッド・ホース)は、私たちが住むサンノゼの自宅から車で1時間ほど離れたプレザントンと呼ばれる内陸部にあります。そこには、認知症当事者と、その家族に寄り添い、心を癒やすミッションを担う馬たちが待っています。
昨年(2022年)10月の米国アルツハイマー協会のウォーキングイベントで知り合った若年性アルツハイマー当事者の方が、偶然にもご近所にお住まいで、自分たちが訪れた時に買った「馬のグルーミングセット」ギフトボックスを届けてくださり、私たちの背中を押してくれました。
- ※昨年の米国アルツハイマー協会のウォーキングイベントについては、以下の記事をご参照ください。
「米国で若年性認知症と診断 アルツハイマーウォークイベントに初めて参加」
本来、コネクテッド・ホースでは、安全上とセラピーの性質上、馬を興奮させないように子どもは不可を原則としていますが、息子を知っている先述の米国人夫妻が施設の責任者に口添えしてくださり、息子を連れての参加を許されました。私がセラピーの恩恵を受ける主体であることに変わりはありませんが、息子にとっても初めての馬との交流は面白いに違いないので、単純に楽しんでくれればいいと思っていました。
ところが、途中で私にとって意外と重要な意味合いを持っていることに気づきます。
それは、他の参加者の皆さんが、とても穏やかな視線で馬の姿を追っているように、私の息子にも、温かいまなざしを送ってくださったことでした。皆さん、どの方も私より一回りはお年を召していたので、もしかしたら、息子をご自身のお孫さんや親族の子どもたちと重ね合わせていたのかもしれません。そういった意味では、さほど社交的とは言えないアジア人の自分が1人でセッションに参加しているよりも、ずっと溶け込みやすかったと思います。
施設に到着すると、私たちを含む参加者は、まず案内人の皆さんとグリーティング(あいさつ)をし、プログラムの概要や注意事項を聞きました。馬とは目を合わさない、指をささないよう拳を軽くにぎって近づく、など繊細な馬を怖がらせないよう少しずつ時間をかけて距離を縮める必要があるとのことでした。
また、このアクティビティー中は、プライバシー保護のため自分の携帯で写真を撮ることも禁止されています。そのため、ボランティアのカメラマンが私たち参加者と馬の写真やビデオを撮ってくれました。
スタッフは10人ほどで、全てボランティア。私たちの参加費も無料(ただし、お礼を込めて寄付をするようにしています)。少し内陸とは言え、仮にも全米有数の物価が高いベイエリアで、どうやって運営し続けることができるのか。日本人の凡民には理解不能です。たくさんの方のドネーション(寄付)で成り立っているのでしょう。日本ではあまりに目にしたことがないような世界です。
他方、馬たちとの交流は、時間が止まったかのような静かで豊かな時間でした。干し草と牧場の匂いに反応し、最初はくしゃみが止まらず鼻水が出ていた息子も徐々に慣れてきたようで、たっぷりと楽しんで、穏やかな時間を過ごしました。
最後に、車で施設を出る直前に、駐車場から見上げると、横に並んだ厩のすべての窓から、何頭もの馬たちが首を出してこちらを眺めていました。
“うーむ、やっぱりやじ馬”
まるで、「私たちに“また来てな~!」と言ってくれているようで、人懐こいやつらに後ろ髪を引かれる思いでした。来年もいい季節になったら、また訪れたいと思いました。