認知症の人にやってはいけないことは何?困ったときの対応方法と心構えを紹介
取材/中寺暁子
認知症の人に対して、どのように接すればいいのか。家族や周囲の人は悩み、間違った対応をしたのではないかと自責の念にかられることもあります。実際に接し方を間違えると、認知症の症状が悪化することもあります。認知症の人にやってはいけないことや困ったときの対応方法について、東京都認知症介護指導者でデイサービススタッフの坂本孝輔さんに教えていただきました。
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- 認知症の人と接するときに意識したいこと
- 認知症の人にやってはいけないこと
- 認知症の人への接し方を間違えると症状が悪化することがある
- 【状況別】認知症介護で困ったときの対応方法
- 思うようにいかないときがあって当然
認知症の人と接するときに意識したいこと
認知症の人は記憶障害や見当識障害によって、わからないことが多く、例えば自分がさっきまで何をしていたのか、自分がどこにいるのかがわからないなど、不確かな感覚が続いている状態であることが多いです。つまり、認知症の人は常に不安を抱えた状態にあるという前提で、接することが基本となります。不安を増大させるようなことは避け、表情や態度で安心感を与えることが大事です
認知症の人と接するときは「3つのない」を意識する
「認知症サポーター養成講座」の標準教材では、認知症の人への対応の心得について、“3つの「ない」”を挙げています。
認知症になると「実行機能障害」といって物事を段取りよく進めることができなくなりがちです。こうした状況で、驚かせて動揺させたり、急がせて焦らせたりすると、本来のパフォーマンスまで発揮できなくなるかもしれません。本人のペースで落ち着いてやればできることもあるはずなのに、その可能性を奪ってしまうことになります。さらに自信ややる気を失って、ますますできないことが増えていくという悪循環に陥ることになります。
とはいえ、デイサービスの送迎車がくる時間が迫っている、病院の予約時間が迫っているなど、生活していると急がせたくなる場面は訪れます。介護する側もすべてきっちりできなくても仕方ないという心のゆとりを持つことが必要です。
また、認知症になっても感情はしっかり残っています。大声で注意したり、子ども扱いしたりする言動は、認知症の人の自尊心を傷つけます。
※四大認知症については、以下の記事をご参照ください
『どんな症状?アルツハイマー型認知症 MCIとの違いや薬、検査法を名医が解説』
『「血管性認知症」は脳出血などが原因!可能な治療・予防法を徹底解説』
『レビー小体型認知症を専門医が解説 原因や前兆、なりやすい人など』
『前頭側頭型認知症を専門医が徹底解説 家族へのアドバイスも』
認知症の人にやってはいけないこと
認知症の人についやってしまいがちではあるけれど、それによって本人を傷つけたり、症状を悪化させたりすることがあります。認知症の人にやってはいけないことを具体的に紹介します。
間違いを指摘する
認知症の人は病識(症状を自覚する能力)が低下している傾向があります。例えば記憶障害があって病識が低下している人が、何度も繰り返し質問した時、相手から「さっきも言ったでしょ」と指摘されても、本人は記憶障害の自覚を持てないので、戸惑い、不安が大きくなるだけです。逆に怒ってしまうこともあるでしょう。
また、認知症の人によく見られる症状として「もの盗られ妄想」があります。例えば金庫に通帳と印鑑が入っていてその鍵を持っているのが、本人とその妻だけだとします。金庫に通帳と印鑑がないことに気づいたときに、実際には自分で移動していたとしても、その記憶がなければ、ほかに鍵を持っているのは妻だけなので、当然妻を疑います。疑われたほうは気分を害して怒ってしまうこともありますが、本人としては妄想ではなく、筋が通っていることなのです。
認知症の人の病識が低下している可能性を理解したうえで接すると、間違いを指摘するという行動にはならないはずです。
子ども扱いする・大声で注意する
大人なのに子ども扱いされたり、大声で注意されたりしたら、誰でも侮辱されたように感じ、自尊心が傷つきます。それは認知症の人でも同じことです。家族としては本人が子どもに戻ったようにできないことが多いためについ子ども扱いしてしまったり、以前のように戻ってほしいという思いから注意してしまったりしがちです。しかし、前述したように認知症の人は病識がないことが多いので、自分がなぜ大声で注意されなければならないのか納得できず、ましてや子ども扱いなどプライドを大きく傷つけてしまうだけなのです。
認知機能をテストするような質問をする
特に初期の場合、家族としては以前のように戻ってほしいという思いから、「今日は何曜日?」など、認知機能をテストするような質問をくり返したり、本人の意思に関係なく脳トレをやらせたりしがちです。しかしこうした行為は、本人が異常であることを自覚させようとしているのと同じことで、本人は自信を失ってしまいます。
本人の感情と逆の態度をとる
意外とやりがちなのが、怒ったり焦ったりして興奮している本人に対して、落ち着かせるために笑顔でたしなめようとすることです。怒っているのに笑顔で対応されると、自分の感情とは真逆の表情なので、侮辱されているように感じるものです。相手の表情や声のトーンに合わせて共感を示すことが大事です。
認知症の人への接し方を間違えると症状が悪化することがある
家族や周囲の人が本人の認知症の症状が進んだと感じるとき、多くは認知機能の低下が進んだというよりも、不安や一人歩き、暴言・暴力、睡眠障害、被害妄想などの行動・心理症状(BPSD)が頻繁に出やすくなったときです。認知症の人への接し方を間違えると、こうしたBPSDが出やすくなるのです。
認知症の人にやってはいけないことをつねに意識するのは、一緒に過ごす時間が長いほど難しいことではありますが、認知症の人の不安が減って穏やかに過ごせると、BPSDが軽減され、結果的に家族や周囲の人も介護がラクになるのです。
【状況別】認知症介護で困ったときの対応方法
認知症の人を介護するうえで、困った場合の対応方法について、状況別に紹介します。
何度も同じことを聞かれる
認知症の人は不安や緊張を感じているときほど、何度も同じことを聞く傾向があります。忙しい時間帯に何度も同じことを聞かれるとイライラして、つい「さっきも言ったでしょ」などと言いがちですが、本人は余計に不安になる可能性があります。時間に余裕があるときにでも、一緒にゆっくりお茶を飲んで、相手の目を見てやさしく話しかけると、本人は安心できるのではないでしょうか。安心できれば何度も同じことを聞く回数も減るかもしれません。
いつも忙しそうにしていると、それだけで相手に緊張感を与えて話しかけづらい雰囲気をつくってしまいます。ときにはゆとりをもって接する時間をつくることが大事です。
いつも怒っているようだ
前頭側頭型認知症の場合は、脳の変化によって怒りっぽくなることがあります。そうでない場合、なぜ怒っているのか理由を探る必要があります。理由がわかれば解決策も考えられるので、いつも怒っている状態は解消できるかもしれません。
怒っている原因として多いのが、プライドが傷つけられることです。例えば現役で働いていたときには会社で重要な役職にいて、部下たちが自分の前を通るときは、目を合わせて挨拶するのが当たり前の環境にいたとします。そんな人がデイサービスなどでスタッフたちが自分の前を目も合わせずに素通りしていたら、不当な扱いを受けていると感じていつも怒ったような態度になるかもしれません。認知症の人は見当識障害で時間や場所がわからなくなることがあるので、今置かれている自分の状況と過去の自分にギャップがあると、怒りの感情がわきやすくなります。
また、家族の間でも、親が認知症になると親子の立場が逆転してしまうことがあります。特に厳格な父親であった人が認知症になり、子どもから大きな態度をとられると、当然「なぜそんな態度をとられなければならないのか」と怒りの感情がわきます。
認知症の人の過去のイメージなどを振り返り、本人がどのように扱われたいのかを考えることが怒りの感情を鎮める解決策になるかもしれません。
暴言を吐かれる
暴言を吐かれるのは、たとえそれが症状によるものだったとしても怖いものです。特に女性が男性に暴言を吐かれると、恐怖を感じるのではないでしょうか。無理に対応するのは効果的ではないので、この場合、相手から姿が見えないようにいったんその場を離れることをおすすめします。自分自身の気持ちを落ち着かせてから戻ると、本人も時間が経って落ち着いていることがあります。
食後に「お腹がすいた」と言われる
「さっき食べなかったっけ?」くらいは言ってもいいと思いますが、「さっき食べたでしょ」と全否定するような言葉は避けたほうがいいでしょう。食後にさらに食べたがるようであれば、残り物などを軽く出してもいいと思います。その際に自分でごはんをよそってもらう、自分で食器を下げてもらうなど、食事の体験をより強くすることが有効です。
普段から盛り付けを手伝ってもらう、食後に食器を自分で下げてもらうなど準備や後片付けなどにも関わってもらうことで、食事の体験が強化され、記憶に残りやすくなるので、食べたことを忘れることも減っていくのではないでしょうか。
つい感情的に怒りをぶつけたくなる
「暴言を吐かれる」ケースと同様に、その場をいったん離れると感情が落ち着き、怒りをぶつけるのを避けられます。瞬間的に感情が爆発して怒鳴ってしまったときには、落ち着いたときに「さっきは怒鳴ってしまってごめんなさい」と謝ることが大事です。
また怒りをぶつけてしまった日は、寝る前など1日の終わりに「お母さんがいてくれると安心する」「お母さんの手ってやわらかくて気持ちいいね」などポジティブな言葉を伝えるのもおすすめです。母親にやさしくできたという自信が怒りをぶつけてしまったという自責の念を打ち消すこともあるのです。
思うようにいかないときがあって当然
認知症の人に対してやってはいけないことを頭では理解していても、毎日一緒に過ごしていると思い通りにはできないこともあるでしょう。それは当然のことです。認知症の人を家族が介護しているだけで、本人にとっては恵まれた環境にいるので、それだけで十分です。思い通りにいかなくても自分を責めずに、自分のがんばりを認めてください。完璧にやろうとせずに、ある程度手を抜くことも大事です。
介護サービスを利用する
家族が自分の時間を持てるようにすることが、介護サービスの1つの目的です。介護を人に任せることを負い目に感じる必要はなく、離れて過ごす時間があるからこそ、顔を合わせたときにやさしく接することができるものです。やさしく対応されれば、本人も穏やかでいられるはずです。
1対1での介護では、不適切な対応をしてしまうことがあるのも当然です。デイサービスなどでは複数のスタッフで介護するからこそ、適切な対応ができ、本人のBPSDが落ち着くということもあるのです。
家族や友人、介護スタッフに相談する
デイサービスなど介護サービスを利用すると、家族もそこのスタッフと関わることになり、介護の相談などもしやすくなるというメリットがあります。介護において大事なのは、一人で抱え込まないこと。家族や友人、介護スタッフに何でも相談するように意識しましょう。
本人を客観的に見る
認知症になった家族を介護する中でつらいのは、本人がかつての姿から離れていくことです。病気だから仕方ないと思っても、お母さんがお母さんでなくなっていくように感じるのはつらいものです。そんなときにおすすめなのが「お母さん」ではなく「よし子さん」というように本人の名前で呼ぶことです。「お母さん」と呼ぶたびにかつての母親像と比較してしまいがちですが、呼び方を変えるだけで、親を客観視できるようになり、気持ちがラクになることがあります。
まとめ
認知症の人にやっていけないこととは、つまり本人を不安にさせたり、自尊心を傷つけたりしないことです。認知症の人に穏やかに過ごしてもらうことは、BPSDの軽減になり、家族の介護をラクにすることにつながるのです。
認知症の人にやってはいけないことについて解説してくれたのは……
- 坂本孝輔(さかもと・こうすけ)
- 介護福祉士・東京都認知症介護指導者
介護専門学校を卒業後、特養、訪問介護、福祉用具、小規模多機能型居宅介護、グループホームなどでの経験を経て、2012年に株式会社くらしあすを起業、地域密着型通所介護(デイサービス)「二本木交茶店」を運営。認知症ケアをライフワークとし、施設や家族介護の課題解決の支援に尽力している。共著に『認知症の人の「かたくなな気持ち」が驚くほどすーっと穏やかになる接し方』(すばる舎)。