認知症とともにあるウェブメディア

バリアを超えて、認知症とともに

入院したら一気に認知症が進行 「高齢者あるある」を防ぐためには

壁を乗り越えていく人びと

大阪の下町で、「ものわすれクリニック」を営む松本一生先生によるコラムがいよいよ再開です。新シリーズは「認知症のケアや医療の現場にあるバリア(壁)をどのようにすれば超えていくことができるか」がテーマです。医療と介護の間や家族間など、さまざまのところにバリアはあります。どんなバリアがあるのか。それを超えていくためにはどうすれば良いのかについて、松本先生とともに考えていきます。

最近、参加したパネルディスカッションで、登壇者の方から「元気だった親が、入院をきっかけに一気に認知症が進んでしまった」「病気やけがが治れば、元のように元気な親に戻ると思っていたのに、すっかり気力を失ってしまった」というお話を立て続けに聞きました。高齢者が入院した際の「あるある話」です。
どうして、このようなことが起こってしまうのでしょうか? 

そうしたことを考えるためにも、少し時計の針を巻き戻してみようと思います。

かつて、精神科からの情報提供は恐れられました

今でこそ、診療所と病院や、診療科が異なる病院同士など医療機関の間で患者さんの診療に関する情報提供がおこなわれ、連携がしやすくなってきましたが、10年ほど前までは、外来に来ていた認知症の患者さんに入院が必要な病気がわかった場合、私のような「精神科医」から患者さんに関する情報提供があると、一般病院(急性期、慢性期の病院の区別に関係なく、精神科医療を担当する病院以外のものを指します)では、かなり身構えられたものでした。

認知症がある人だからといっても、必ず行動・心理症状(BPSD)が出て夜間に混乱したり、日中でも興奮したりするわけではありません。精神科医が診ているというだけで「入院すると病院内で混乱する『困った人』が来るわけではないのです。

こういった誤解が生じないためには、患者のどういった情報を一般病院に伝えることが大切であり、病院の医師・看護師をはじめとするスタッフが安心できるようになるポイントは何なのかについて、これから考えてみたいと思います。そうすれば入院時の大きなバリアを超えることができるはずです。

情報のかけ橋

これまでに経験した病気は?

認知症になると一般的な体の病気に対する検査ができなくなる場合があります。検査の意味がわからない人もいるため、例えば大腸の内視鏡検査などでじっとしていることができず、検査不能となってしまうこともしばしばです。かかりつけ医の先生が知っている範囲で、これまでにわかっている体の病気についても、しっかりと病院側に情報提供してもらいましょう。ただし詳細な検査結果を山ほど準備しても、かえって検査をする病院の医師の診療の妨げになることもあります。簡潔に短く、情報提供してもらうことが大切です。

興奮や被害感は?

入院先の病院の医師や看護師が最も知りたいと思っているのは、その認知症の人がこれまでに幻覚妄想や興奮で混乱したことがあるか、もし、あったとしても、今、投与されている薬で状態が安定しているかどうか、という点です。

もし、意識が軽く低下してぼんやりする「せん妄」を経験したことがあれば、そのことをしっかりと情報提供してもらえば、病院側として入院後に起こりやすい「せん妄」に備えることができます。こうしたことをかかりつけ医からしっかりと病院に情報提供してもらうことが大切です。

どこかに行ってしまうことは?

「離床(りしょう)」といって入院後に患者さんがいなくなってしまうと、病院中が大混乱して、困ってしまいます。かつて「一人歩き(徘徊)をして行方知れず」になった経験があれば、その情報もきちんと伝えてもらいましょう。

昼夜逆転は?

夜寝られずに、翌日は朝からぼんやりしてしまうことも、「せん妄」につながります。また昼夜逆転が常に起こるような状態では、病院にも負担がかかります。いつ(たとえば夜中の3時ごろとか)どのような状況で混乱するか、情報があれば、病院側の対応が考えやすくなります。

どの程度まで言葉で意思を伝えられるか

入院した時に、認知症のある人が目の前で起きていることを理解しているのか、それとも理解できない状態なのかという情報も大切です。認知症の人の場合、脳の変化の部位によっては、言葉は理解できていて、本人の頭の中では言いたいことがあるのに、それを言葉に出すことができない(これを運動性失語と言います)ことで、コミュニケーションが取れないように見えることもあるためです。言葉が理解できている場合には、患者さんにていねいに治療方針などを伝えることで、気分が落ち着いたり、混乱を避けたりすることにつながることもあります。

今も残る壁

こうした様々な情報を正確に伝えることが大切である一方で、あまりにも多くの情報を提供したために、病院側が「これは大変な患者さんだ!」と心配し過ぎないようにすることも大切です。入院する病院の医師や看護師らもまた安心できるようにしたいものです。

そうしたことから、最近では病院の中の内科や外科に入院する人にメンタル面の課題がある場合には、院内の精神科のチームが他科からの相談を受けることができる、「リエゾン(連携・橋渡し)・コンサルテーション精神医学」を実践している病院もあります。多くは大病院ですが、他科の医師からの相談を受けて、必要があれば入院患者さんのベッドわきまで行って診療し、精神科としての見解を伝えることで、患者さんも病院関係者も安心できるようにするシステムです。

また、医療面だけでなく、日々の生活環境の変化から混乱が出てしまう認知症の人も多くいます。このため、院内に設けられた、社会福祉士や精神保健福祉士をはじめとする地域連携室が地元の医療機関や介護職と連携することで、その人の生活における課題を一緒に考えるシステムもできています。

認知症がある人は特に、その人に関する情報をしっかりと病院に提供することこそが、その後の入院、そして退院してから地域に戻るための大きな力になります。バリアを超えるために、適切な情報提供と協力を進めていきたいものですね。

※松本一生先生が、認知症と入院についてより詳しく解説した以下の記事もご参照ください。

認知症が一気に進む原因とは?入院の影響は?進行スピードの違いや対策を紹介

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この連載について

認知症とともにあるウェブメディア