忘れてしまうのか 家族への思いやりか 母から毎日届く塩漬けきゅうり
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
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私は、大量の塩漬けきゅうりにため息をついた。
というのも、認知症が進んできた近所に暮らす義母が、
やんわり断っても、毎日持ってくるから。
塩漬けきゅうりは義母の得意料理で、おいしいのだけれど、
この量は食べきれたものではない。
気をもんでいると、外から義母の声がした。
「正子さーん、いる?」
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義母の手にはやっぱり今日も、塩漬けきゅうり。
もういい加減、この行為をやめてもらうための対策を、とっていかなければ!
だって、これは俗に言う、
『認知症の症状で起きる、問題行動』なのだから。
そう心を決めた私に、義母は、
「よかったら、食べてね。夏バテにきゅうりはいいのよ。
もう飽きちゃったかもしれないけど……」と、ほほえんだ。
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ふと、冷静になって、目の前の義母を見る。
忘れているから、繰り返し持ってきてしまうのか。
それとも、
家族を思いやる気持ちから、繰り返してしまうのか。
きっと義母のなかには、どちらもあるんだろう。
——私は、塩漬けきゅうりに手を伸ばした。
認知症の症状から起きる問題行動とくくられがちなものも、
状況をよく観察したり、ご本人に理由を伺ったりすると、
「なんで、繰り返すのか」について、
その行為の裏にある思いが知れる場合があります。
その思いをぼんやりとでも共有できたとき、
その人のそばで「なんとかしなきゃ」と気をもんでいる側の心は、
ふと軽くなったりします。
それはきっと、私たちが心の奥で望んでいるものは、
問題行動の対処よりも、よりよい関係をつくることだからなのかもしれません。
このように、
認知症がある人とのあいだに生まれるいざこざを、
なんとかしようと試しているのに、なかなかうまくいかずに悩む介護者さんは、しばしばいらっしゃいます。
なぜ、簡単にうまくいかないのか。
それは、認知症があるご本人の気持ちを思いやって、
少しずつ関係性を築き上げているからではないのでしょうか。
それこそ誰にでも、できることではありません。
例えばこの、塩漬けきゅうりのおすそ分けのケースにおいては、
「昨日のきゅうり美味しかったです。でも、まだ食べきれてなくて」と
あらかじめ、声をかけておく等、
方法はその人に合わせて、考えられるわけです。
けれど、すぐにはうまくいかないかもしれません。
そこには、伴走者の忍耐があります。
なかなかうまくいかない。
そう悩まれている介護者さんほど、存分にご自身を、
褒めてあげてほしいと思います。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》
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