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今日は晴天、ぼけ日和

なぜ知ってるの?「この場」だから語ったのに… 心の安全守るルールを

《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》

会合に参加する人

今日は、家族介護者の会。

介護の困りごとから、
人には言えない家族との悩みまで、
ここなら、なんでもざっくばらんに話せる。

なかなか息抜きもできずに、
介護の日々をすごす私が、深呼吸できる場だ。

「え」ドキッ

後日、介護仲間の山田さんに、声をかけられた。

「雨のなか、おばあちゃんとずぶぬれになったんですって?」

一瞬、血の気がひいた。
山田さんは介護者の会に参加していないのに、なんでそれを知っているのか。

聞くと、山田さんは慌てて言い直した。

「言いふらしてる人がいるわけじゃないのよ。
 いい話だから、私にも教えてくれた人がいたのよ」

いい話だから。
その気持ちも、よくわかる。
でもそれが、誰かに話していい理由になるのだろうか。

心を閉ざすひと

介護者の会で私がなんでも話せるのは、
「ここなら、なにを話しても、誰にも漏らされない」という、
心の安全があるから。

それがなければ、私はなにも話せなくなるだろう。

心のままに話すこと。
それはとてもナイーブなことなのだから。

「ここで人から聞いたことはどんなことも、よそで話さないようにしましょう」

雑談のなかにも個人的な話題が行き交う、
介護者の会のような場では、その意識が共有されているでしょうか?

または、はじまりにファシリテーター役からひとこと、
なにかしら守秘義務の説明はあるでしょうか?

大人だから言うまでもない、当たり前と思われるようなこんなルールも、
人によっては見解がさまざまです。

だからこそ、プライベートな話題が行き交う場では、堅苦しくなるからと避けることなく、
心の安全を守るための、基本のルールをみんなで共有したいものです。

なぜなら、日頃、ご苦労が多い、介護者さんや認知症当事者さんにとって、
似たような境遇の方々と集まり、雑談するような集まりは、正に深呼吸できるひとときです。

話すことで肩のちからを抜き、
明日からの糧にしている方もいらっしゃいます。

だからこそ、ルールが破られたときの 

悲しさや絶望感は、計り知れません。

また、ルールを知らないからこそ、つい誰かに話してしまった人も、
見解のずれがあっただけなのでしょうから、余計にやるせないのです。


対面だけではなく、インターネット上でも集まって、
全国各地の方々と話すことができる時代です。

いつでもどこでも気がねなく話せるように、
心の安全を守るためのルールを、
何度でも確かめ合いたいものです。

《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》

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