会話の中でふんわりとよみがえる みんなで分かち合ったスイカの記憶
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
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「山田さん、この前のスイカ、おいしかったですね!」
加藤さんにそう声をかけられ、私は
「え?スイカ?」と反射的に聞き返した。
認知症がある私には、今日はどうも、
その記憶がうまく取り出せなかったから。
すると加藤さんは『しまった』というように口をつぐんだ。
気を遣わせてしまい、申し訳ないな。
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そこに、鈴木さんがやって来て、
私たちの気まずさを破るように、
「2日前にここで、僕と加藤さんと山田さんで、
スイカを食べたんですよ」と、声をかけて来た。
私は納得しながらも、
そんな楽しそうな思い出を忘れていることが、少し切なくなった。
鈴木さんは、
「山田さんに切りわけてもらったから、余計においしかったです」と続けた。
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2人から話を聞いていたら、
なんとなくその時の印象がよみがえってきた。
「そういえば、あのスイカ甘かったわね!」と言うと、
2人ともうれしそうに笑った。
全部は思い出せなくても、ふんわり残る、楽しさの記憶。
今日も私に、幸せな思い出が重なっていく。
「認知症が進んで、記憶があいまいになりがちな人とは、
以前のことではなく、今、目の前で起こっていることを
話題にしましょう」
それは、認知症がある人の介護をしている人や介護職員であれば、
一度は聞いたことがある、関わりかたのルールではないでしょうか。
もちろん、記憶が揺らぎがちな人へ、
不必要に過去に関する問いを重ねる必要はありません。
さらには、ご本人が自ら望んでするならまだしも、
脳トレと称して、記憶をおさらい・検証しようとすることは、
もってのほかと、私は思っています。
そして、これらを踏まえた上であっても、
その人の最近のご様子や思い出を、気遣いから少しも話題にしないのは、
あまりにも不自然ではないでしょうか。
なぜなら、認知症が進行された方であっても、最近のことをお話しているうちに、
「ああ、なんとなく思い出した」と、いうようなことが、
今まで何度もあったからです。
それが、ご本人にとって、
はた目から見ても、貴重だったり楽しかったりしたであろうご経験なら、
余計に再度、分かち合いたいもの。
とはいえ、話題にする側の慎重さは必要ですし、
その時の状況を、わかりやすく共有するための言葉選びや、
時には当時の写真を用意する、などの配慮も必要かもしれません。
思い出は遠い記憶のなかだけではなく、
これからも共に作っていけるもの。
そんな未来を一緒に描くために、
「過去の話は話題にしない」という一択ではなく、
ゆるやかな関わりが求められているのではないでしょうか。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》
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