認知症とともにあるウェブメディア

認知症と共にある町探訪記

あえて認知症の人を区別しない「認知症バル」も 横浜・あざみ野の挑戦

「あざみ野認知症の人にやさしい街プロジェクト」の(左から)藤崎浩太郎さん、土本和孝さん、安生敏弘さん、根岸里香さん、黒沼勤さん、浜田悦子さん
「あざみ野認知症の人にやさしい街プロジェクト」の(左から)藤崎浩太郎さん、土本和孝さん、安生敏弘さん、根岸里香さん、黒沼勤さん、浜田悦子さん

2025年には認知症の人が約700万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。少しずつではありますが、認知症の人の思いや立場を尊重した独自の取り組みが個人商店や企業、自治体で始まっています。各地に芽吹いた様々な試みをシリーズで紹介します。

首都圏や近畿圏で1960年代から開発が始まった郊外型住宅団地「ニュータウン」。大手私鉄を中心に多くの鉄道会社が開発事業に参入して、住宅地や街づくりを先導してきました。しかし、ニュータウンの中には開発時に同世代の居住者が一斉に流入したことによって居住世代に偏りが生じ、高齢化と子ども世代の流出によって人口の減少が急激に進行している場所もあります。横浜市青葉区のあざみ野地区も1970年代から開発が始まったニュータウンです。この街では商店会の店主や事業者らが、2020年から「あざみ野認知症の人にやさしい街プロジェクト」として多彩な取り組みをおこなっています。

あざみ野地区は1970年代に入って東急電鉄によって多摩田園都市の開発が始まり、横浜市旧緑区の元石川町や大場町などの一部が統合されて1976年にあざみ野1~4丁目が新設されました。1977年には東急田園都市線「あざみ野駅」が開業し、住宅地の開発が加速しました。1993年には横浜市営地下鉄も開業し、渋谷、横浜までいずれも電車で約30分と都心へのアクセスが良く、自然が豊かで落ち着いた住みやすい場所として人気のベッドタウンです。しかし、青葉区全体の高齢化率は2008年の13.8パーセントから2022年には22.3パーセントと確実に増加しています。取材で訪れた平日の午後、あざみ野駅前でバスを待っている人の列を見ると高齢者の姿が目立ちました。

あざみ野商店会が認知症の人にやさしい取り組みを始めたのは、青葉区に暮らす様々な人のネットワークを使って地域課題を解決する取り組み「まちの相談所ネットワーク」がきっかけです。ネットワークでは会員のところに寄せられる様々な「相談事」を会員間で共有して、課題を解決していく取り組みをおこなってきました。

このネットワークにメンバーとして参加していたのが、あざみの商店会協同組合(理事長:そば店「そばくろ」の黒沼勤さん)の理事で不動産業の根岸里香さん、顧問で横浜市議の藤崎浩太郎さん、エクステリア施工業の安生敏弘さんでした。根岸さんは重症心身障害児の療育指導員や医療ソーシャルワーカーの経験もあって、「仕事としての住まいの提供だけでなく、住み続けられる街の必要性を日ごろから考えていた」と言います。そして3人は「自分たちの地元のあざみ野で地域福祉の課題に取り組みたい」と考え、これまで交流のあった、あざみ野地区を管轄する大場、すすき野、たまプラーザの3つの地域ケアプラザ(地域包括支援センター)と話し合って、2020年9月から「あざみ野認知症の人にやさしい街プロジェクト」が始まりました。

最初におこなったのは、住民のうち認知症の人の意識や高齢者の生活態度の把握です。調査は青葉区内にある桐蔭横浜大学トランジションセンターの協力を得て、商店会加盟店舗100店と商店会関係者や、すすき野団地の住民529人に実施しました。並行して横浜市神奈川区で六角橋商店街や神奈川大学、六角橋地域ケアプラザが取り組む「お年寄りにやさしい街六角橋オレンジプロジェクト」や認知症の人にやさしい町づくりで全国的に有名な東京都町田市も視察してきました。「あざみ野商店会は認知症の人にやさしい取り組みでは正直、後発組です。各地でおこなわれている先進的な取り組みを参考にして、私たちはいいとこ取りでいこうと思いました」と藤崎さんは話してくれました。

あざみ野プロジェクトでは現在、実に多彩な活動がおこなわれています。あざみ野駅に近い横浜市山内図書館には2022年9月、認知症に関係する書籍約50冊を集めた「Dブックスコーナー」が作られました。目に付きやすく手に取りやすいように、正面入り口から入ってすぐ右にコーナーは設置されています。図書館の職員は、全員が認知症サポーターです。図書館では3カ月に1度、「あざみ野ブックカフェ」を開いていますが、これまで2回は認知症がテーマでした。「今年度は認知症に関連する本をさらに50冊増やす予定で、本格的に稼働させていきたい」と館長の古川たか子さんは話しました。

Dブックスのコーナーに立つ、横浜市山内図書館館長の古川たか子さん
Dブックスのコーナーに立つ、横浜市山内図書館館長の古川たか子さん

また、プロジェクトの一環として2021年夏に実施した牛乳パックを再利用したキャンドルナイトは、プロジェクトメンバーの浜田悦子さんが主導しました。認知症の人や家族、ケアするスタッフからメッセージを寄せてもらい、貼り付けはデイサービスの利用者や若年性認知症の人が担いました。青葉区が本拠地のサッカークラブ「東急SレイエスFC」代表の土本(どもと)和孝さんもプロジェクトメンバーです。土本さんは走らない「ウォーキングフットボール」を企画して、子どもたちから若年性認知症の人や高齢者まで70人が参加したイベントを実施しました。

2021年12月に開催されたウォーキングフットボール(東急スポーツシステム提供)
2021年12月に開催されたウォーキングフットボール(東急スポーツシステム提供)

中でも私が一番気になったのは「あざみ野オレンジバル」です。商店会協同組合理事長の黒沼さんのお店で月1回水曜日の夜に開かれる、認知症カフェならぬ「認知症バル」です。会費は3000円で認知症の人や家族、医療従事者、介護関係者など毎回20人以上が参加します。医師や病院スタッフもいて、その場で認知症に関する様々な相談も可能です。バル開催にあたり、決まった流れやプログラムはありません。また、参加者は誰が認知症の人であり、誰が医療関係者なのか身分を明かしません。「受け手」や「支え手」という区別を無くして、リラックスできる時間を参加者全員が楽しんでいます。

もともと、オレンジバルは横浜総合病院・横浜市認知症疾患医療センター長の長田乾医師の発案で2019年9月から始まりました。長田医師は「そもそも重度の認知症の人はこうした場に来ることも困難ですが、軽度認知障害(MCI)の人や軽症の認知症の人にとって適量の飲酒は決して悪いことではありません。酒席で家族以外の人と楽しい会話ができて、楽しい時間が過ごすことができれば、認知機能を刺激して認知症の人の生活の質を高めることができます」と話します。実際、認知症を発症して家族からお酒を止めるようにと言われた患者さんは、「ボクは刑務所にいるような感じだ…」と先生に嘆いていたそうです。

黒沼さんも「毎回、誰が認知症の人なのか、全く気にならないくらい参加者全員が純粋に楽しくお酒を飲んだり歌ったりしています。こんな素晴らしい集まりを私の店で開催できることを誇りに思っています」と話してくれました。

あざみ野オレンジバルのロゴ
あざみ野オレンジバルのロゴ

長田医師は「全国に認知症の人にやさしいまちという取り組みはたくさんあります。しかし、外見だけでは誰が認知症かどうか判別できない。認知症の人にだけやさしくするのではなく、認知症の人にもそうじゃない人にも、みんなにやさしい街づくりでないといけません」と話してくれました。

認知症の人にやさしい街づくりとは、認知症の人だけでなく障害者であれベビーカーを押すお母さんであれ、誰にでもやさしい街でなければならない。そんなことを改めて思い知ることができました。

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この連載について

認知症とともにあるウェブメディア