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認知症の人も地元企業も一緒にデザイン!靴下への工夫とは【名古屋市北区】

認知症の人の悩みをもとに自社開発した、かかとのないソックス「Unicks(ユニークス)」を紹介する大醐(名古屋市北区)の後藤裕一社長
認知症の人の悩みをもとに自社開発した、かかとのないソックス「Unicks(ユニークス)」を紹介する大醐(名古屋市北区)の後藤裕一社長

2025年には認知症の人が約700万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。少しずつではありますが、認知症の人の思いや立場を尊重した独自の取り組みが個人商店や企業、自治体で始まっています。各地に芽吹いた様々な試みをシリーズで紹介します。

「認知症フレンドリーコミュニティー」。日本では「認知症の人にやさしい地域/まち」というふうに訳されて、認知症に関わる人の間では広く知られた言葉です。英語では「Dementia(認知症) Friendly Community」ですが、日本であえて認知症フレンドリーコミュニティーと使うと、「気取っている」と受け取る人がいるかもしれません。私は逆に、この「フレンドリーコミュニティー」という言い方が好きです。あくまで個人的な意見ですが、「認知症の人にやさしい……」というと、「支える側が何かしてあげる」という印象がします。一方で、フレンドリーコミュニティーというと、“認知症の人も主体的に参加した地域づくり”というニュアンスがします。そんなことを常々思っていたら、名古屋市北区が2021年に「認知症フレンドリーコミュニティガイド」という住民向けの啓発ガイドを作成したことを知り、興味がわきました。そこで名古屋市北区役所を訪れ、福祉課の岡嶌(おかじま)真木子さんと、北区西部いきいき支援センター(地域包括支援センター)の鬼頭史樹さんにお話を伺いました。

北区役所の最寄り駅は地下鉄名城線の「黒川駅」です。市内中心部の栄駅から4つ目。区役所周辺にはビルが立ち並び、高速道路の高架が通る「都会」です。区の高齢化率は市内で3番目に高い29.0パーセント(202210月時点)ですが、大規模集合住宅が多く一人暮らしの高齢者数は9965人(202210月時点)と市内で1番です。そこで区は、一人暮らしの高齢者が孤立せずに自分らしく暮らしていける地域づくりを進めていこうという目標を立てました。そして、2019年から「北区まるっとすまいる大作戦」を始めます。その取り組みの一つが認知症フレンドリーコミュニティーづくりで、認知症になってもこれまでの暮らしが尊重され、希望する生き方を自ら実現できるまちを目指しました。こうした理念を盛り込んで作成されたのが「認知症フレンドリーコミュニティガイド」です。

ガイド作成にあたって始めに行ったのは、認知症の人が日ごろ利用している商店や公共施設など計14カ所でのヒアリングです。美容院、歯科医院、飲食店へは、実際にその店を利用している認知症の人と一緒に訪れました。そこで判明したのは、事業者側も高齢者への対応に際して悩みを抱えていたということでした。お客さんや患者さんの様子が「少しおかしいかな」と思っても、その人が認知症かどうかは判断できません。しかし年々、こうした利用者が増加しているのは事業者も肌身で感じていることがわかったのです。次に認知症の人の暮らしぶりや当事者を取り巻く生活環境の課題について、実際に認知症の人たちが参加して話し合う「本人ミーティング」を開催しました。

愛知県認知症希望大使の内田豊蔵さんも参加した「本人ミーティング」(名古屋市北区役所提供)
愛知県認知症希望大使の内田豊蔵さんも参加した「本人ミーティング」(名古屋市北区役所提供)

ミーティングには、北区住民で愛知県認知症希望大使に選ばれている内田豊蔵さんも参加しました。さらに、多様な視点で認知症フレンドリーコミュニティーの在り方を検討するため、デザインの専門家をはじめ地元の企業経営者、若年性認知症の人を交えた有識者懇談会を開催し、議論を重ねていきました。なかでも私がユニークだと感じたのは、有識者のなかに名古屋芸術大学・デザイン領域の准教授(当時)、水内智英さん(現在は京都工芸繊維大学未来デザイン・工学機構准教授)が加わっていたことです。

 水内さんは「社会づくり」や「まちづくり」のために、デザインの力を使ってまちに関するあらゆる課題を創造的に解決する専門家です。ものの外観や形を決めていくのではなく、地域全体をデザインの対象として、そこに暮らす住民一人ひとりを考慮した、よりよい社会の構築をアドバイスしました。水内さんはこう話します。

 「有識者懇談会に認知症の人が入っていたのが良かったと思います。(今、目の前にいる)認知症の高齢者は、明日の自分の姿かもしれない。認知症の人と支える側という立場で社会が二分されれば、コミュニティーは存在できません。有識者懇談会では、参加者全員が対等な立場で議論を重ねていくことができたのが非常に有効でした。さらにトライアンドエラーの精神で、とりあえずやってみよう、ダメなら修正していこう、というスタンスは北区ならではのやり方だったと思います」

こうした経緯を経て完成したのが「北区認知症フレンドリーコミュニティガイド」です。ガイドブックはイラストが多く使われていて、認知症の人の「暮らしづらさ」などが豊富なデータと一緒に掲載されています。認知症ではない人が読んでもわかりやすく、認知症に対する偏見や誤解を解消できる内容になっています。

京都工芸繊維大学准教授の水内智英さん
京都工芸繊維大学准教授の水内智英さん

靴下や腹巻きなどのシルク雑貨を扱う「絹屋」を展開する地元企業「大醐」社長の後藤裕一さんも、有識者懇談会に参加していた一人です。後藤さんはもともと、北区が主催する中・高・大学生が地元企業と一緒に社会課題に対して、持続可能な社会やまちづくりについて考えるワークショップ「サステナまち計画」に参加していたので、社会課題の解決には興味がありました。しかし、認知症とは無縁だったので、「なんで私が(認知症の会議に)選ばれるの?」と驚いたそうです。ところが、1回目の有識者懇談会に参加したところ、認知症の人が「靴下を履くのに苦労している」という話を聞いて、スイッチが入りました。自分の仕事に直結することだけに早速、商品開発を考え始めました。

その後、自社のデザイナーと一緒に近所のデイサービスを訪れ、認知症の人が実際にどのようにソックス(靴下)を履いているのかをヒアリングしました。すると、「遠近感がうまくつかめず、靴下の入れ口に足が引っかかってしまう」「かかとの位置が合わせられず、ずれてしまうと直すのも大変」という、認知症特有の状況がわかってきました。なかでも後藤さんの心を一番揺さぶったのは、「靴下が履けないから外出を控えてしまう……」という、認知症の人の一言でした。「介助する人が履かせやすいのではなくて、認知症の人が自分で履きやすいものを作らなければダメだ」と強く思ったそうです。そして2カ月後、2回目の有識者懇談会に、かかとを無くしたチューブ状のソックスの試作品を持ち込みました。後藤さんが調査したことや工夫したところを説明すると、涙を見せる参加者もいたそうです。

有識者懇談会でソックスの試作品を見せる後藤さん
有識者懇談会でソックスの試作品を見せる後藤さん(名古屋市北区提供)

次に商品化を考えた後藤さんですが、認知症の人のなかでも靴下が履きにくい人だけを対象に絞り込むと、市場が小さすぎます。その後、20代の若手社員から「若者のなかには面倒くさがりの人もいるので、かかとにとらわれず履くことができれば受け入れられるかもしれない」「デザイン性や色にこだわれば一般の人にも受け入れられるかも……」などのアイデアが出てきました。認知症の人だけをターゲットにするのではなく、インクルーシブ(包摂的)な誰でも履きやすい品質のソックスを目指すことにしました。そうして、認知症の人が位置感覚をつかみにくくても自分で履ける、かかとが無いチューブ状のソックスが完成しました。ソックスは「Unicks(ユニークス)」と名付けられ、2022年6月から一般販売が始まったのです。

後藤さんは「企業活動を考えると、原材料の仕入れから使われて廃棄するまでの全てにおいて、必ずどこかで社会との接点があります。うちもこれまでは作った製品を販売するだけでしたが、今回のケースでは実際に地域と接することを体験しました。今後も様々な場面で社会問題と関わっていくことになると思います」と話しました。そして最後に「外見だけでは認知症かどうかはわからない。今回、そういうことがわかっただけで、人にやさしくなれるかもしれませんね」と付け加えました。

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