定年退職後、テレビの前が定位置の夫を地域デビューに導いた妻の機転とは
《介護士でマンガ家の、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
ようやく定年退職を迎えた、太郎さん。
自分の時間がたっぷりできた。
なのに、やりたいことが見つからない。
一日中、テレビの前に座って、ぼんやり。
見かねた妻の直子さんは、声をかけた。
「悪いけど、家のまわりの掃除を頼んでいいかしら?
私は、腰がつらいから
やってもらえると、とても助かるの」
それから毎朝、太郎さんは、なんとなく掃除をはじめた。
直子さんは「助かるわ!」と、毎日大げさなほど喜んだ。
しかも、太郎さんはご近所さんからも、声をかけられるようになった。
太郎さんは、どんどんうれしくなった。
実は直子さんがご近所の女性の仲間に、
「悪いんだけど、うちの人に声をかけてくれないかしら」と
こっそり頼んでいたのですが……
太郎さんは掃除の範囲を、
家の前から3軒どなり、そして公園にまで広げた。
「太郎さん、おはようございます!
町会のことでご相談があって……」
今では近隣の男性たちからも、声がかかるようになった。
——俺にもまだまだ、やれることはある。
新たな生きがいは、意外とすぐそばに。
実は、もう10年以上前のお話です。
今も太郎さんは町内の活動や、お手伝いを続けられていて、
実際の年齢より若々しく、いきいきと生活されています。
しかも、太郎さんは昔のご自身のように、
定年後、家に閉じこもりがちになっている、
おもに70代の男性たちの地域活動への参加・育成に尽力されています。
太郎さんから近況を伺うたびに、
この世代の男性が地域のコミュニティーを築いていくためには、
定年後の気持ちが共有できる、
太郎さんのような存在が必要なんだろうな、と気づかされます。
それでも、太郎さんのはじめの一歩となった、
女性陣の機転のきいた朗らかさには、ほほ笑んでしまいます。
そして、そんな誰かの小さな後押しこそが、
人の晩年の豊かさに直結していくということは、
心にとめたいところです。
戦後の日本経済の成長を支えてくださった「団塊の世代」。
2025年には、その全員が後期高齢者になる見込みです。
つまり、国民の約4人に1人が75歳以上という、未来が待っています。
定年退職したあとの、
生き方・居場所づくりが問題になっている昨今ですが、
そのきっかけは、こんな
ちいさな明るい一歩から、なのかもしれません。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》