認知症とともにあるウェブメディア

認知症が心配なあなたへ

「自分は大丈夫」と思ってしまう「正常性バイアス」 認知症予防との関係は

「たいしたことないな」と思ってしまう「正常性バイアス」

大阪の下町で、「ものわすれクリニック」を営む松本一生先生によるコラム「認知症が心配なあなたへ」。認知症になること、なったことに不安を抱えているあなたの心を和らげるような、認知症との向き合い方、付き合い方を伝授していきます。今回は、最悪な事態を想定せずに「たいしたことないな」と思ってしまう「正常性バイアス」に触れながら、認知症の悪化を防ぐために欠かせない生活習慣の改善方法について松本先生が解説してくださいます。

日常的に、さまざまな災害や事件が起きていますが、私たちは「望まないことは自分には起きない」と思いがちです。心理学では「正常性バイアス」と言うのだそうです。最悪を想定せずに「まあ、たいしたことないな」と考える(思い込む)ことによって、日々の不安にさらされることを無意識に防いでいるこころのメカニズムです。ただ、事実を正しく認識しないので困ったものです。今回も、かつてボクの診療所を受診した人のことについて、個人情報を守秘する観点から少しアレンジしてお伝えします。

私に限って、そんなことにはならない

みなさんは、物事の解決、そして病気の治療において、正しい情報をしっかりと理解することが大切であるということは改めて言われなくてもわかっているはずです。

認知症を心配してボクの診療所を受診する人の多くは、日々の生活の中で「こういう間違いをした」、「こんな時に覚えていなかった」と、できなかった多くのことを訴えます。それらを踏まえて、ボクが必要な認知症の検査をすすめると、その通りに検査を受けて下さいます。そして、その結果が「認知症ではない」と出ると、胸をなでおろすことがほとんどです。

しかし問題はその後にあります。「こういった点に注意して生活してくださいね」とこちらが伝えても、「いや、問題ありません」と、日常生活上のアドバイスを受け入れない人がたくさんいます。そんな中でも、摂食障害などの病気がなくてもコントロールしづらいのは「デザートの誘惑」に打ち勝つことではないでしょうか。かつてボクが担当した、糖尿病で内科にかかりながら認知症を気にしていた吉高敬子さん(仮名、60代)を例にお話ししましょう。

やめられない買い食い

彼女はひとり暮らしでした。都会の真ん中にある高層マンションの11階に住んでいます。近くには地下鉄の駅が2つ、私鉄の駅が3つもあり、市内最大の繁華街にも徒歩10分。食材の買い出しは近くに百貨店、スーパーと買い物はいつでもできる生活環境です。小腹がすけばいつも甘いものを買いに行ってしまいます。

そんな彼女が認知症を気にして受診してきました。検査の結果は、軽度認知障害(MCI)でした。MCIとは、認知症を発症する前の健康な状態と認知症の中間ともいえる状態のことです。MCIの段階ならば、その後の対応によっては認知症への進行を遅らせられたり、元のレベルまで回復したりすることが可能だとされています。

糖尿病は、認知症を進行させる要因になるとされています。それゆえボクは糖分のコントロールの大切さを彼女に伝え、甘いものは控えて糖尿病のコントロールをしなければ認知症悪化の危険性があることを伝えました。

すると彼女から途端に返事が返ってきたのです。「先生、私はものわすれが心配ですが、人生唯一の楽しみである夕食後のケーキを取り上げられるくらいなら、もう人間をやめた方が良いです!」そう言って彼女は半ば怒りながら帰ってしまいました。

ボクは「糖尿病内科の外来ではおそらくこの調子で先生といつもけんかになっているのだろう」と思いましたが、彼女はそれからうちの診療所に来ることはなく、あっという間に1年が過ぎました。

ある日、予約もなしに受診してきた彼女は目が不自由になっていました。糖尿病による網膜の変化に加えて認知症の悪化も防げなかったようです。彼女は言いました。「あの時、先生の言葉を聞いておけばよかった。あれから糖尿病外来にもいかなくなって、ある日、目が見えにくくなり眼科を受診したところ、糖尿病性の網膜症であることを告げられた」と泣き出してしまいました。

ものわすれが気になるなら日々の生活を変える覚悟を!

不摂生な生活習慣の積み重ねが認知症の悪化につながる。見直してよかった

吉高さんのように、ものわすれは気になるけれど、自分の好物や嗜好(しこう)品はやめられないと思っている人はたくさんいます。認知症は日々の生活習慣の積み重ねで、その後の悪化や安定が図れる、生活習慣病のような性質を持っています。しかし多くの人は何か「特効薬」のようなものが無いかと、日々、健康食品を探すことには血眼になる一方で、日々の生活は変えられない傾向があります。 

そうならないためには、自らのこころに忍び寄ってくる「正常性バイアス」をもう一度考えてみましょう。「これぐらいいいだろう」と思う生活習慣が積み重なって認知症の発生や悪化につながります。一度自分のこころと向き合って、日々の生活で不摂生をしている自分がいないか考えてください。

でも、誤解しないでくださいね。こう書くと、認知症になった人は日ごろからの不摂生をしていたのだとイメージしてしまうかもしれませんが、決してそうではありません。残念ながら、他の病気も同様ですが、誰もが認知症になる可能性があり、完全に防ぐことはできません。ですから、あくまでも認知症の悪化をより効果的に防ぐためには、日々の生活習慣に注意することが大切であると言いたいのです。

ものわすれが気になる人は、まずは身近な医療機関を受診しましょう。そこが常々あなたや家族の体調を理解してくれている「かかりつけ医」であれば、最も好ましいことです。日々の生活習慣病への相談や治療を医師の先生とあなたが二人三脚でおこなうことこそ、生活習慣病を悪化させず、さらには認知症を予防する武器となるのです。

次回は「外出しなくなったと思うわたし」というテーマです。

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この連載について

認知症とともにあるウェブメディア