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認知症が心配なあなたへ

同じものを何度も買う これは認知症? 専門医が体験をもとに解説

買い物に行くと必ず同じものを買ってくる

大阪の下町で、「ものわすれクリニック」を営む松本一生先生によるコラム「認知症が心配なあなたへ」。認知症になること、なったことに不安を抱えているあなたの心を和らげるような、認知症との向き合い方、付き合い方を伝授していきます。今回は、買い物に行ったら必ず同じものを買ってきてしまったり、うっかり忘れが気になり始めたりした人に対するアドバイスです。

認知症を心配する多くの人が買い物の時に同じものを買ってきて、そのことを家族に指摘されることから、心配や不安が広がるものです。ただ、今回のテーマ「買い物に行くと必ず同じものを買ってくる」は、日々、妻の介護をしているボクにとっても「他人ごと」ではありません。そのようなことが自分の身に起きた場合、私たちはどう対処するのが良いのでしょうか。今回は自分の体験をもとにお話ししたいと思います。

記憶のメカニズム

記憶というのは3つの大きな働きから成っています。前回のコラムで説明した記憶の3つの要素を復習しておきましょう。これまで知らなかった新しいことを覚えこむ「記銘力」、その新しいことを記憶の中にとどめておく「保持力」、そして普段は思い出していなかったとしても、いざというときに記憶の貯蔵庫から呼び出して(思いだして)くる「想起力」のことを書きましたね。

古い記憶を引き出してくることはできるのに、新しく覚えたはずの記憶や、つい最近経験したことを覚え込むのがうまくいかなくなることから、「あれ? 記憶力が低下したかな?」とわれわれは不安になります。昔のことはよく覚えているのに、今朝、家族と相談したことを忘れてしまうことから、記憶力の低下は始まっていきます。

しかし、これがあったからと言って必ず認知症の入り口にさしかかっているわけではありません。ある程度までは「年齢相当」の力の低下と考えられるからです。それを「生理的健忘」と言います。一方で、記憶や認知力が低下した上で、ものごとを計画立てて、順序立てて行うこと(実行機能)が低下するのが認知症です。

ボクも年齢を重ねるにつれて、驚くようなものわすれを経験しています。パーキンソン症状と強迫症が出た妻を介護し始めたのが2014年の夏でした。妻の母を27年介護して見送ったあと、妻が同じような体調不良からボクのケアを受けるようになりました。家事が何もできず、それでいて介護保険や他者の支援をかたくなに拒むため、夕食の買い出しには日々の診療を午後3時までに終えて出かけます。ボクは「買い出し」が苦痛ですが、それでも生活のため、このような日常を続け、8年目の秋を迎えています。

そんな買い出し人生の中で、自宅近くのスーパーに行くと、最近、同じ会社のドレッシングを何度も買って帰るようになりました。店に行くと必ず「あ、そうだ。これも買っておかないと妻が不安になる」と思います。いつの間にかわが家の棚には同じドレッシングが5本ストックされていました。

これは認知症の始まりでしょうか。そうではありません。ドレッシングがなくなると極端に不安が出る妻にうんざりして、「とにかくあのドレッシングは欠かさないようにしなければならない」と無意識に思っているからです。認知症を気にするみなさん、単にいくつか買い物が重なったぐらいで心配することはありません。その背景に過剰ストレスがないか、チェックしてみてください。

でも、「うっかり忘れ」が気になるとき

「あっ、そういえば……」ロッカーに入れたことを思い出す

もう一点、注意が必要なことがあります。数年前のことです。まだコロナ禍の前で、当時のボクは月に何度も各地に講演のため出張していました。朝、妻の食事の準備を済ませ、大阪から飛行機で札幌に行き、講演を済ませるとすぐ飛んで帰るといったことがありました。ある日、札幌行きの飛行機に搭乗する前に書きかけの論文とUSBを空港のコインロッカーに預けました。

その後、講演をしたのですが、予定よりも少し長引いて終わりました。妻は決まった時間に夕食の準備ができていないと混乱します。そのことが気がかりなまま搭乗し、急いで自宅に戻りました。夜になって論文の最終チェックをして、次の日に郵送しようとした時、手元のカバンに原稿やUSBがないことに気づきました。「ええ~っ」と一気に不安になり、頭の中が真っ白になりました。明日が郵送の締め切りのタイムリミットです。思い出そうとしても、原稿をどこに置いたかわかりません。

しかし、不安な夜を過ごした翌朝、「あ、空港のコインロッカー!!」と記憶がよみがえってきました。あまりにも妻の夕食のことが心配で、飛行機の時間や帰る時間を気にしながらコインロッカーに原稿などを入れたため、「記銘」ができていなかったのです。

チェックすべきこと

今回はボクの失敗から学んでいただきたいと思います。

まずは、年齢相応の「ものわすれ」があるからといいて、それが、即、認知症につながるのではないということです。そして、強い想いによって行動しているときには、確認のために同じようなことをくり返してしまうことがあります。それとは逆に、注意力が散漫な時には、行動したことを忘れることがあります。
ものわすれが気になる人は、自分が行動しているときに、過剰なストレスや他に強く気がかりなことがなかったかを確認して、そうしたことを無くしていくよう心がけるようにしましょうね。

次回は「不眠から認知症になるのではないかと心配」について考えます。

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