MCIロンドン旅行体験記(前編)見知らぬ土地の失敗も対策で乗り越える!
連載「ヤスデノコヅチ」にもご登場いただいている、言語聴覚士の安田清先生。数年前から自他共にMCIを実感し、旅先でその症状が顕著になったと言います。不慣れな場所での出来事と、それに対する対策について寄稿してくださいました。
認知機能検査をする立場からジレンマ
私は現在68歳。実は、MCI(軽度認知障害)を自覚している。10年ぐらい前から「忘れっぽくなったかな」と感じており、周囲からは5年ほど前から物忘れに対して「大丈夫ですか」と言われるようになった。妻からは「何度言っても覚えない」、さらに「やる気がない」と言われるのだが、単純に覚えられないのだ。
自覚症状としては、車の起動方法に戸惑う、大規模駐車場で車の位置を忘れるなどがある。先日、初めて赤信号の手前でアクセルとブレーキを踏み違えた。信号までに距離があり、先行車がいないのが幸いだったが。高齢になれば講習制度もあるが、こういった症状は、教習所のテストでは分からない。たとえば車載カメラなどでモニタリングし、回数が増えたり危険度が増すなどの兆候がみられたら、家族はもちろん自身にもフィードバックすることが重要だ。免許を返納するか否かの尺度にもなる。
MCIとはMild Cognitive Impairmentの略で、健康と認知症の間の状態である。診断には記憶力などの低下を証明する必要があるが、私は長年、もの忘れ外来で認知機能検査を実施、内容を暗記しているため、検査を受けにくいジレンマがある。健康→MCI→認知症と進んでいく過程は3色に分けられるものではなく、矢印部分にグレーゾーンがあるため単純ではない。以下の失敗はそれぞれ「MCI的症状」と考えている。
今年6月、3人の研究仲間とロンドンに行った。2月に、拙著『MCIと認知症のリハビリテーション:Assistive Technologyによる生活支援』を大幅に改訂した英語本を出版し、それらを「2022 ADI 国際アルツハイマー病協会・国際会議」で発表するためだ。
不慣れな外国ではMCI的症状が多出。そこで、失敗体験などを列挙、その要因と対処案などを考えた。
自宅~成田にて
車で自宅を出発し空港行きのバス停留所に着くと、コロナ禍の影響で臨時ダイヤに。次の便は3時間後とある。妻に「ここで3時間待つ」と言うと、「電車で行けば1時間半で着く」と。その通りだ!
不測の事態で次善策が浮かばなく、考えようともしなかった。“高齢者の頑固さ”は、この代案の自然浮上の困難から生じるのかもしれない。日頃、スマホで代案を調べる習慣をつけておくべきだ。
機内~ロンドンにて
飛行機のトイレなどには、使用方法や概念を記号化した「ピクトグラム」が貼られているのだが、意味不明のものもあった。世界共通で英語の併記も願いたい。日本のトイレも和文表示しかないものが多く、外国人は困るだろう。
ホテルではシャワーに使用図がなく、お湯が出なかった。初日は浴びずに過ごした。次の日の夕方、受付で「左に回せば出る」と言われ、やってみると出た!
前日は壊れていたのか、自分の操作が悪かったのかいまだに不明。スマホをかざせば操作方法やピクトグラムの意味が分かるアプリは無いか?
地下鉄~街中にて
ロンドンの駅で、券売機にクレジットカードを挿入。しかし乗車券が出ない。係員を呼ぶと「暗証番号を入れろ」と言われた(その表示は無かった)。前日にはカードで買い物をし、暗証番号を入れていた。表示があったからだ。
カード精算に慣れていないということもあるが、前日に暗証番号を入れて使っていたのにそれを思い出せなかったことが問題だ。MCIでは新しい習慣は定着しにくい。表示は省かないでほしい。
期間内フリー乗車券の購入も操作が複雑だった。英語はある程度できるつもりだが、操作盤の文字を見ただけで嫌になってしまった。結局、係員のお世話に。
ところで、立ち寄った地下鉄の駅すべてに、黄色のベストを着た係員がいた。チケット売り場の近辺で質問するのにいいポジションに立ち、嫌な顔もせず対応してくれる。ボランティア(?)なのか聞き逃した。
日本ではあまり見ないが、そのため障害がある人は利用を諦めているかも。成田空港では無人掃除ロボットが動いていた。係員を配置できないとしたら、困っている人を自動的に認識して声掛けする案内ロボットが必要だ。高齢者は、助けを求めない傾向が強くなるためだ。
ロンドンの横断歩道は押しボタン式だったが、パネルの「WAIT」部分を押し、下部にある本来のボタンには気付いていなかった。そのために青にならず、故障かと考えてしまった。数日後に気付いた。これはアルツハイマー型認知症などでよく表れる「視覚的注意範囲の狭まり」からだ。
近い将来、スマートグラスをかけると眼前の景色に「⇒」や地図が重ねて表示され、進んでよし、止まれなどがわかるMixed Reality(複合現実)に期待したい。
※ 後編に続きます