認知症当事者とともにつくるウェブメディア

今日は晴天、ぼけ日和

「俺も」「私も」 寄り添いたいという思いが、相手を傷つけてしまうことも

《介護士でマンガ家の、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》

バスを降りた人

なんども道を間違え、ようやく
自宅近くに着いた。 

降りた途端、涙がこぼれた。 

認知症の診断を受けてから、
こんなことばかりだ。

泣きながら歩く人

もしかしたら、
認知症が進んでいるのかも。 

不安で涙が止まらない。 

せめて今日のことを、
友人に聞いてもらおう。

「俺もよく間違えるよ」

そんな僕を
やさしい友人は、励ましてくれた。 

でもなぜだろう。
とても悲しくなった。 

僕は、それを隠すために笑った。

今回とりあげた話は、
認知症当事者さんから
今まで何度も聞いてきたものです。 

そのたびに認知症当事者の方が
「なんで悲しくなったのか」を
考え、自戒します。 

どんな悩みも痛みも、
本人にしかわからないもの。 

それなのに
「私にも、そういうことあるよ」と
言われたら? 

なぜか、このフレーズが、
認知症の人に対しては、よく言われるのだと、
聞くのです。 

なぜなら、
忘れものをした。
道に迷った。
人の顔を間違えた。 

認知症の症状は生活の中で表れるので、
認知症ではない人でも、経験する
身近な困りごとと重なる場合が多いようです。 

だからつい反射的に
「それ、私にもよくあります」と
返したくなるのかもしれません。 

けれど当事者さんにしてみれば、 

その日々の困りごとは、
昨日より症状が進行したかもしれないという、
明日への不安に直結していることがある。 

それは、認知症がある人とない人を大きく隔てます。
共感するには、ほど遠いものです。 

当事者さんに、
「自分もよくある」とか、
「お互い笑顔でいきましょう」などと
安易に言ってしまわないためにも。 

ただ聞く。
わからないまま、耳を傾ける。
それでも理解しようと、そばにいる。 

そんな、心構えをもう一度、
確かめておきたいものです。

《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》

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