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33歳、失意の認知症当事者 医師に涙で懇願 認知症と生きるには31

65歳未満で発症する「若年性認知症」の人の、こころの話について詳しく解説します

大阪で「ものわすれクリニック」を営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」(朝日新聞の医療サイト「アピタル」に掲載中)を、なかまぁるでもご紹介します。今回は、65歳未満で発症する「若年性認知症」の人の、こころの話について松本先生が詳しく解説します。(前回はこちら

これまでに書いてきたように、認知症の中でもっとも数が多いのはアルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)で、全体の60~70%を占めると言われていますが、若年性認知症(65歳未満で発症する認知症)では血管性認知症の割合が高くなります。診療所のデータでは若年性の約40%が血管性です。

若くして認知症になるということは、単に病気と向き合うだけでなく、自分の仕事や収入が不安定になることと向き合うことになります。言いかえれば社会的存在として、その人が向き合うさまざまな「大変さ」があります。

わたしも2008年ごろから、認知症の人同士が知り合い、お互いの経験を共有し合う「認知症本人ネットワーク支援委員会」の委員長として、認知症の人同士が支えあうこと、できる限り就労を続けることなどについて考えてきたつもりです。けれども、当初、世の中はそれほど認知症の人にやさしくはありませんでした。

今では企業の理解も進み、認知症の人が職場にいることを認めてくれる会社も増えてきましたが、2004年、初めて日本で国際アルツハイマー病協会の国際会議が開かれた当時には、まだ、若年性認知症を隠しながら仕事に就かなければならない人がたくさんいました。これはそんな時に出会った人との話です。

川上順也さんのこと(仮名、33歳 男性 若年性アルツハイマー型認知症)

彼がひとりで私の診療室に入って来た時の様子を、私は一生忘れられません。彼は口を開いたとたん、「ここは精神科ですね。先生は人の秘密を他言したりしませんよね」と切り出してきました。少々驚きながらも「はい、患者さんの守秘には気を付けています」と言った途端、彼は一気に話し始めました。

「僕の家族は祖母だけです。きょうだいはなく、両親は私が幼いころ事故で亡くなったため、祖母に育ててもらいました。ここ数年は祖母を一人にはできなかったこともあり、結婚の機会を失ってしまいました」

「ところが身の上をわかってくれる女性ができて、いざ、結婚に向かって彼女や祖母と共に住むところを探していたときに、大変なことが起きてしまいました。僕と彼女が一緒に新居にすることを考えていたマンションを下見しに行ったらしいのですが、僕自身がそのことを忘れてしまっていました。彼女に指摘されて慌ててしまいました」

「祖母も不動産屋さんや彼女からそのことを聞いて不安だったでしょう。僕も『気をつけよう』と努力しましたが、その後も、同じように全く記憶から抜け落ちてしまうできごとが何度もありました。このことが会社にわかれば、すぐに営業職を外されて自宅待機になってしまいます。どうか会社には内緒で診察してください」

詳しく検査した結果、彼は若年性アルツハイマー型認知症でした。自ら選んで私の診療所を受診し、しかも将来の生活や結婚にも影響します。川上さんの場合にはケアを受けることになるのが彼自身、そして今後、病状が進行すればケアする側になるのが高齢の祖母です。

つらいことは重なりました。彼女も希望が持てなかったのでしょう。覚悟を決めて彼が病名を伝えた数カ月後に彼女は去っていきました。

当時は社会も若年性認知症に対する理解がありませんでした。通院しながら勤務するうちに、営業の失敗をくり返した彼に対して、人事部長は「うつ病」だと思ったようです。何度か川上さんは呼び出されて、それとなく退職を促されました。そのことを私の前で泣きながら訴える川上さんに対して、当時の私は耳を傾けるしかありませんでした。

突きつけられた川上さんの願い

「病気を理解できない地域の人から『お孫さんがおかしい』と祖母が聞いてきました。たった2人の家族です。祖母が他界すれば僕は1人で病気と向き合うことができません。松本先生、僕は彼女には見捨てられました。会社からも見放されようとしています。先生が医者として僕を見放したら、僕は人生で3回も見捨てられることになります。この先も担当医として付き合ってくれますか」

彼の苦悩の言葉が今でも耳に残っています。若年性認知症の人は病気と向き合うだけでなく、社会的立場、経済的な課題、そして本人の誇りを取り戻したい願いを胸に日々を過ごしている人々がたくさんいます。そんな若年性認知症の人に「何もできなくなった」という誤解を持つことはやめてください。

物忘れや判断力は低下しても、「それでも前に向かって生きよう」とする気持ちを抱き、周囲の家族、友人のことを思い続ける人もたくさんいます。病気となった故に、より、研ぎ澄まされる感性を持った人もたくさんいます。

病気の人と考える前に、対等な相手と考えたうえで、その人に何か「不都合」なことや「やりにくさ」があれば、みなさんの力をどうか貸してあげてください。

川上さんの話には実は後日談があります。次回でご紹介します。

※2018年7月12日にアピタルに初出掲載されました

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