診察室からエールを

ひとり暮らしを続けるための「ゆだねる勇気」 頼る先には地域もある

カナリア

大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」。今回は、自らも認知症でありながら、認知症の妻を最期まで見送った男性のお話です。その後の生活について「子どもたちに迷惑はかけられない」と話す男性に対して、松本先生はどんなアドバイスとエールを送るのでしょう。

山口 五郎さん(71): 社会的な支援はないのだろうか

妻を見送った後に

山口さん、お久しぶりです。奥さんを見送ってから3カ月ほど経ちましたね。ボクが山口さんの担当医となったとき驚いたのは、山口さんが大学病院で血管性認知症の診断を受けていたにもかかわらず、認知症の奥さんの介護者でもあったことです。奥さんは、アルツハイマー型認知症と側頭葉の血管が壊死(えし)してしまう梗塞(こうそく)が重なった重度の認知症でした。

世間では、認知症の人が認知症の人を介護するということで「認認介護」などと言われますが、あなたは自分の困難と向き合いながら、ほぼ寝たきりの奥さんを見送ることを決意しましたね。地域包括支援センター、ケアマネジャー、訪問看護、内科かかりつけ医とも連絡を取り合いながら、手探りで山口さんのケアを支えたいと思った3年でした。

ひとり暮らしには慣れてきましたか。山口さんは奥さんをケアしている時から首都圏におられる息子さんや、九州の娘さんには迷惑をかけたくないと、できる限り自分で介護を続けましたから、さぞ、大変な毎日だったでしょうね。今日の相談はどういったことですか。

日々の生活費への不安

ひとりで暮らしている認知症当事者は診療所の近隣にはたくさんおられます。古い町ですから高齢・独居生活の人がたくさんいます。山口さんは奥さんのケアをしながら日々の生活をしてこられましたので、ひとりになって初めて買い出しや日々の生活を始めるひととは違いますよね。「自分で生活することに慣れている人」だと思います。

そうですか、奥さんを見送ったあとの費用も含め金銭管理が大変でしたか。でも、そういうことは息子さんや娘さんに任せて、日々の生活のことに専念して金銭管理をするようにすれば、不安はずいぶんと軽くなりますよ。

子どもたちに迷惑はかけられない

あ、そこがポイントなのですね。子どもさんたちには迷惑をかけられないと思っておられるのですか。ボクはいつも山口さんが「自らのことは自分で決めたい」と思っている気持ちを大切に考えてきましたから、その気持ちはよくわかります。でも、最近、この地域では高齢者の独居宅を訪ねてきて、金銭を搾取する業者が増えました。コロナ禍で不景気になったことも影響していると思います。彼らの手口が巧妙化しているため、「ほとんどのことはできるのに、ちょっとした判断を間違う」といったレベルの人、山口さんのような場合です。それ以外にも医療費も心配ですね。確か山口さんは甲状腺がんもあって、病気はきわめて安定していますが、今後も定期的な受診が必要ですからね。

電話

子どもさんに金銭面や制度の活用は任せて、山口さんが安心して生活を送ることが大切だと考え、昨年末に子どもさんたちが来られた時にもお話しました。お二人も理解されていましたが、「おやじは僕らに迷惑をかけたくないみたいです」と、少しあきらめがちに苦笑されていました。

ゆだねる覚悟

あなたの気持ちを大切にして、一度、この地域の「地域包括ケア」の仕組みにゆだねてみましょうか。あなたのこれからを考えた時に使える社会制度について、しっかりと理解すると気持ちが楽になります。

この診療所には社会福祉士・精神保健福祉士がいますので、例えばあなたの認知症がより重くなり精神的な症状が出るようになった場合には精神保健福祉法による支援ができます。そうして経済的な負担が軽くなることも大切です。また、診断がついてから一定の期間が経過すれば障害認定を受けることもできます。地域包括支援センターにも社会福祉士がいますので、制度面で困った時には遠慮なく相談してください。もちろん、うちの診療所の社会福祉士もご活用ください。うちではケアマネジャーと連携して社会的サポートの体制を作っています。ケアマネジャーも制度をよく勉強していて、山口さんに申請を勧めてくれるでしょう。

福祉の制度は当事者からの申請があって初めて動き始めます。役所や地域から申し出てくれるものではないため、山口さんの状況をよく知った人に「地域包括ケア」の理念に基づいた支援方法を教えてもらうことも大切です。

大切なのは山口さんの「ゆだねる勇気」です。家族にゆだねることを申し訳なく思うのはあなたの子どもたちへの愛情からでしょう。でもね、あなたが安心して日々を送っていることは、子どもたちにとって何よりの安心です。そのために地域の社会資源である医療や看護、介護、福祉による諸制度の活用が大きな力になると思います。

次回は、私が旅立つとき、です。

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