もめない介護

本気?義父の社交ダンス熱 家族のポイント3カ条 もめない介護124

木陰のベンチ
コスガ聡一 撮影

「なるべく早く、社交ダンスを再開したいんです!」
「いいですね。ダンスは長くやっていらっしゃるんですか」

もの忘れ外来の診察室での義父のやりとりにギョッとしたのは、認知症介護が始まって間もないころのことです。たしか、訪問看護や訪問介護といった介護サービスに慣れ、週1回の通所リハビリ(デイケア)通いを始めた時期でした。

「楽しみは何ですか?」
「困っていることはありますか?」
これら定番の質問の後、医師が「ほかに気になることはありますか?」と尋ねたところで、社交ダンスの話題が飛び出しました。このときの義父は「たとえ反対されても一歩も引かぬ」とでも言いたそうな、硬く険しい表情をしていました。

ところが、医師からは「いいですね」とポジティブな返答。義父はあっけにとられたような顔をしたあと、破顔一笑。

「社交ダンスは間を空けると、ステップを忘れてしまうので問題なんです」
「体力づくりのために通っていたスポーツクラブも早めに再開したい」
「いつから始められますか?」
などなど、矢継ぎ早に質問を始めました。

こちらも読まれています : 知らなかった親のアレルギー「緊急」の前に要確認

「ご家族とよく相談して決めるといいですね」と医師が返答するのを義父の隣で黙って聞きながら、私は動揺していました。「ご家族と相談」って何を!? 先生、勝手なこと言わないで!とも正直、思っていました。義父のやる気や意欲を引き出すためのやりとりなのかなとも思うけれど、“その気”になってしまったあと、どうすればいいのか。介護体制を整えるのに、なんだかんだと1~2週間に1回は実家に足を運んでいるような状態で、この上、社交ダンスやスポーツクラブの付き添いなんて無理! 先生、カンベンして! という言葉が、のどもとまで出かかっていました。

楽しそうな義父に募る不安

それでも即座に異を唱えることなく黙って聞いていたのは、あまりにも義父が楽しそうだったからです。また、医師にどう切り出していいものかと迷ってもいました。一緒に暮らしているわけではないことや、こちらにも仕事があることは何度か先生に説明したはずだけど、忘れちゃってるのか。時々、私のことを「娘さん」と呼ぶけど、“同居の娘”と勘違いしているのでは……? など、不安だらけです。

「あの……“家族と相談”というのは、具体的にはどんなことを相談するといいんでしょうか?」

やっとの思いで医師に質問すると、こんな答えが返ってきました。

「お父さまの話では、しばらくダンスに行かれていないということなので、まずは靴の状態を確認していただいたほうがいいですね。お時間があれば、練習の様子などを一緒に見に行かれるといいかもしれません」

それを聞いて、義父はますますご機嫌です。「練習場まではいつも、友人に連れて行ってもらっていました。場所は分かりませんが、彼に聞けば分かるでしょう」なんて言ってます。彼って誰!?

ようやく見えた着地点

際限なく広がっていく風呂敷。やる気を引き出すのはいいけど、そんなに広げてしまって、どうやって畳むのか……。義父と医師のノリノリなやりとりに言葉をはさむ気にもなれず、ぼうぜんと眺めるばかり。ところが、受診が終わる直前にさらなる新展開がありました。

「……というわけで、ダンスに通えるようになるよう、まずは体力をつけていきましょう」
さっきまでニコニコしていた義父の表情が急に真顔になります。

「スポーツクラブには行ってもいいですか?」
「そうですねえ。まずは、通い始めた通所リハビリに慣れるところから始めましょう」
「スポーツクラブのほうが慣れているんです」
「通所リハビリは高齢の方に特化したトレーニングプログラムが組まれていますから、いまの体調に合った、最適な運動ができますよ」
「なるほど……」

しぶしぶという気配はありつつも、義父は医師の説明に納得したようです。ようやく先生の話の着地点が見えて、付き添っていた私のほうも肩の力が抜けました。

本人のやる気を引き出すための、家族の負担は当たり前!?

本人のやる気を引き出すためには「困ってること」ではなく、「やりたいこと」を聞くといい。そんなアドバイスを時折、見かけます。その通りだなと思う反面、家族のプレッシャーは専門職の方々が考えているよりもずっと大きいのではないかとも感じています。

「面倒だからやりたくない」「時間的に難しい」といったことだけではなく、「やりたいことを聞いてしまったからには、実現しないとマズいのでは」と考えてしまうこともあります。真面目で優しく、親孝行したいという気持ちが強い人ほど、悩むのではないかと思います。

だからといって、「下手に聞かないほうがいい」という選択をすると、あとになって「もっと早く聞いておけばよかった」と後悔することになりかねません。また、あれはダメこれはダメと行動を制限することで意欲を奪い、衰えを加速してしまっては本末転倒です。

では、どうすればいいのか。我が家ではこの社交ダンスを巡る医師とのやりとりを参考に、次のような方針を決めました。

(1)親が「やりたいこと」は積極的に聞く

通所リハビリ(デイケア)通いが始まったとき、義父はむしろ積極的に通ってくれているように見えました。しかし、本音を言えば、通いたいのは社交ダンスでありスポーツクラブだった。これは、冒頭の医師との会話がなければ知らないままだったことです。

いま思えば、“義理”の間柄だからこその遠慮や気遣いもあったような気がします。無遠慮に、思うがままをぶつけられたらカチンときたかもしれないので、何がなんでも本音をぶつけあう必要はないとも思います。ただ、親が口に出していることがすべてではない、とも思うし、「納得」の度合いにもグラデーションがあると感じた出来事でもありました。

困りごとを聞いても「大丈夫」「特に困っていない」と答える親も、「やりたいこと」を聞かれると思わぬ本音が飛び出すこともある。そんな気づきがあり、この受診以降は普段の雑談の中で時折「やりたいこと」の話題を振ってみるよう、心がけるようになりました。

(2)「やりたいこと」を家族だけで引き受けない

親に「やりたいこと」を聞いたとき、簡単に実現できそうなものはいいけれど、どうやって実現するのかを考えただけで気が遠くなることもあります。どちらかというと、「それぐらい、お安い御用!」とはならないことのほうが多かったように記憶しています。

ここで重要なのは「やりたいこと」を家族だけで引き受けないことかと思います。「ちょっと頑張れば何とかなりそうなこと」も、積もり積もるといずれ負担に耐えきれなくなる日がやってきます。家族の役目としてはまずはリサーチ。情報収集したらケアマネさんに相談してみるなど、周囲の知恵を借りながら意識的に引き受け手を増やすようにしました。

(3)「空手形」をおそれない

そうは言っても、簡単に「引き受け手」が見つからないことも多々あります。気持ちとしては「やっぱり、家族が頑張るしかないのか」と腹をくくりたくもなりますが、焦りは禁物。ムクムクと湧き上がってくる「やりたいことを聞いてしまったからには実現しなくてはいけないのではないか」という妙な責任感と真正面から向き合う前に、まずはどれぐらいの負荷がかかるのかを見積もります。

たとえば、年に2回のお墓参りだったら、負担といってもせいぜい1日。レンタカーを借りて一緒にお墓参りに行くくらいなら頑張れそう。でも、日々の買い物に付き合うのは難しい。ただ、これは実際に義父母とやりとりしていて気付いたことですが、実現できなくとも、「やりたいねえ」「やれるといいですね」と話し合うだけでも、親の表情は明るくなり、関係性がよくなっていく手応えがありました。

ちなみに、義父の社交ダンスについては「ダンスシューズ、見に行きたいですね」「練習を見学したいですね」と話していたけれど、どれも実現はしませんでした。実現しなかったことについて、申し訳なかったなと思う気持ちはゼロではありません。でも、それ以上に「こうしたい」の話をたくさんできて、義父も楽しそうだったので、あれはあれでよかったのかなとも思っています。

実現は難しいなと思っても100%諦めることはせず、実現できる道筋が見つかったらラッキー。でも、何もかも頑張ろうとしない。実現を請け負うのではなく、「実現できるといいですねえ」と一緒に願う側に回ると、結果としてお互いのストレスと後悔を減らせるのではないかと思うのです。

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この連載について