江戸っ子、盛岡移住を楽しむ 認知症でも「大変だと思っていない」
取材・編集/Better Care 編集部
介護情報季刊誌「Better Care(ベターケア)」となかまぁるのコラボレーション企画です。同誌に掲載された選りすぐりの記事とともに、なかまぁる読者のための、雑誌には載っていない情報を加えてお届けします。野田真智子Better Care編集長からのご挨拶はこちらです。
なお、記事の内容などは「Better Care」90号発行当時(2021年1月)のものです。
互いの暮らしかたを尊重
昨年末、「デーリー東北」という地方新聞のトップ記事で紹介された「おげんき発信」*というICTを使ったシステムは、高齢者自らが元気であることを日常的に発信できるもの。開発した岩手県立大学名誉教授の小川晃子さん(66歳)は、「何かあったときに連絡をする緊急通報のかたちではなく、毎日、ルーティンとして連絡を自ら発信できることが重要」と語る。前号掲載の「時計屋カフェ」の運営にも携わるなど、高齢者などが地域のなかでつながりを維持できる活動の支援に力を尽くしている。
その小川さん、時計屋カフェにも連れ立って参加していた夫の坂庭正一さん(72歳)とは、43歳で小川さんが県立大学に職を得て以来、14年間も千葉県の自宅と盛岡を互いに行ったり来たりの単身赴任。坂庭さんは60歳で定年を迎えたとき、住んでいた千葉から盛岡に移ってきた。「私は別に、来て! といったわけではないんですが(笑)」と小川さん。来たからには、立っているものは親でも使えというわけで、ちょうど、現在の宮古市川井から始まっていた「おげんき発信」を県社協事業としていくにあたって、手伝ってもらったという。なにしろ、坂庭さんはIT系のコンサルティングが本職。小川さんも前職は、大学の非常勤講師などを務めながら、同じ民間シンクタンクに勤務する同僚だった。
「結婚は私が31歳、正一さんが38歳のとき。お互いに自分のライフスタイルができていたので、結婚してもそれを大きく崩さずにすむ相手というのが、結婚しようと思えた動機」と小川さんは笑う。互いの独立性を尊重しあう暮らし方は、当時もいまも変わらない。
その後も、坂庭さんは小川研究室での地域連携の社会実験や、2019年夏から全国に先駆けて、県立大学のある滝沢市で始まった「スローショッピング」**にも参加。顔なじみを増やしている。
* 「おげんき発信」は、県の社会福祉協議会(社協)事業で、市町村社協が運用。単身世帯の高齢者が1日1回、電話機のボタンを操作して「元気」「少し元気」「具合が悪い」を選択して送信。それを受けて市町村社協職員や民生委員が安否確認に動き、支援する。
** 「スローショッピング」は、買い物が困難な認知症の人をボランティアのパートナーがサポート。スーパーも専用のレジで対応し、地域の人々が協力する認知症支援の取り組み。滝沢市では紺野敏昭医師(こんの神経内科・脳神経外科クリニック院長)とスーパーのマイヤ滝沢店が中心的に活動。
達成感を引き出すデイサービス
雑然と家具が置かれ、あちこちに数人ずつグループになっている高齢者たち。思い思いに、ゲームをし、話し込んでいる。昼食時間となると、正一さんは顔なじみの内藤千春さんをサポート。他の参加者にもこまめに心くばりをみせるなど、女性参加者の人気が高い。離れて見守る小川さんは「女性に優しいですから」と笑顔。
ここは、「生活リハビリ訓練かがやき」というデイサービス。山口県の「夢のみずうみ村」方式で、できる人はできること、したいことを多くのメニューから自分で選択し、行う。施設内では「ユーメ」という独自通貨があり、器具による運動、マッサージ、パンづくりなどのサービスやコーヒーなどの飲み物も、ユーメで購入するシステム。脳の力も体力もできるだけ働かせ、刺激を与えて活性化しようとしている。理学療法士や作業療法士も常駐し、日常動作を観察し、利用者にあったアドバイスや指導をしている。
正一さんは、ボランティアでここにきているわけではない。れっきとした利用者。2017年に、広島にいる小川さんの父親が脳幹梗塞で倒れたとき、たまたま正一さん一人で見舞いに行った折に、小川さんの妹が正一さんの異変に気づいた。「一緒にいると気づきにくい変化も、たまに会う人はよくわかりますよね」と小川さん。盛岡で、事前に事情を説明して検査などを依頼しておいた医療機関に「脳の健康診断に行こう」と正一さんを誘い、MRIなどの検査をしてアルツハイマー型認知症と診断を受けた。その診断名に、「本人には葛藤があったと思うんですが、割合素直に受け入れました」と小川さんはいう。
ただ、「これから、どういう生活ができるんだ」という正一さんの言葉に、評判のいいデイサービスを数軒、見学やお試し利用をしてみた結果、正一さん自身がいちばん気に入ったので、この「かがやき」の利用を決めたのだという。
特技や仲間とのつながり
正一さんは「自分自身、認知症であることがどういうことか、わかっていなかったと思う」という。「ただ、デイサービスって、人にいわれていくところじゃない。それぞれ全部違うから、いってみて自分で決めればいい」と正一さん。
お気に入りの活動は、将棋とパンづくり。ただ、新型コロナのために将棋大会は休みになっているので、「将棋の腕はだいぶ落ちた」と感じている。「パソコンの将棋対決は意味がない。将棋は人間と人間の戦いだから。トレーニング用にはいいけれど、ゲームとしては対戦相手がパソコンではつまらないですよ」と、将棋の話は止まらない。
パンづくりには積極的に参加し、うまくできない人の分も手伝おうとする。「くるたびにパンをつくっているから、もう、手順もわかっているんでね」
作業療法士の木皿真人さんは、「パンやおかずづくりなどの作業は、成果が目に見えるので、達成感をもてるうえ、持ち帰ると家族の評価も得られます」という。
実は偶然、この「かがやき」のある地域には、学生時代に旅行で来たことがあると、正一さんはいう。「この建物のあたりは、あのころ、ユースホステルだったと思うんだけど」と若いころを思い出しているのか、遠い目をして話す。
小川さんの仕事の関連もあり、森岡や滝沢あたりの認知症の人や、その家族とのつながりも多い。親しい仲間たちとは、月に一度程度、小さな旅をしてきた。隣接する宮古市では名所の浄土ヶ浜も訪れた。新型コロナによって、なかなか、その旅も難しくはなったけれど、同じ悩みや喜び、苦しさを理解でき共有しあえる仲間とのつながりは、正一さんにとっても、小川さんにとっても何にも代えがたく、重要だ。
江戸っ子の正一さんだが、小川さんと二人、盛岡の暮らしを楽しんでいるようにみえる。
正一さんは言い切る。「認知症になると、すべてが大きく変わらざるを得ない。でも、認知症だから大変だと思っていないことは確かです」
坂庭正一さんの状況
要介護2
アルツハイマー型認知症
デイサービス 1カ所利用
スローショッピングにも参加
- 生活リハビリ訓練 かがやき
- 岩手県盛岡市厨川4-5-15
定員45名、月曜~土曜まで、祝日も営業、日曜定休、
9時30分~15時30分
TEL:019-601-5706
FAX:019-647-5736
岩手県盛岡市の介護環境
地域の特徴
岩手県中部に位置する県庁所在地で、政治、経済、交通の中心。安土桃山時代に南部藩が盛岡城を築いて以来、城下町として発達した。同市出身の石川啄木は「美しい追憶の都」と呼び、「みちのくの小京都」と称される。まちのシンボルは、市内のどこからでも望むことができる岩手山、市の中心で合流する中津川・北上川・雫石川など。
福祉の概況
・盛岡市の総人口は291,320人、高齢化率は28.0%(2020年10月1日現在)
・要支援・要介護認定者数は、16,055人。要支援1=1,834人、要支援2=2,078人、要介護1=3,559人、要介護2=2,966人、要介護3=2,069人、要介護4=2,019人、要介護5=1,530人(2020年6月末現在)
主な相談窓口
盛岡駅西口地域包括支援センター TEL:019-606-3361
仁王・上田地域包括支援センター TEL:019-661-9700
浅岸和敬荘地域包括支援センター TEL:019-622-1711
松園・緑が丘地域包括支援センター TEL:019-663-8181
五月園地域包括支援センター TEL:019-613-6161
青山和敬荘地域包括支援センター TEL:019-648-8622
みたけ・北厨川地域包括支援センター TEL:019-648-8834
イーハトーブ地域包括支援センター TEL:019-636-3720