「薬飲んだっけ」の無限ループを卓上のロゼッタストーンで解決!
文/古谷ゆう子 フキダシ・イラスト/深川直美
認知症の祖父をとりまく一家の物語。置物が割れて飛び出してきたのは、大黒天ならぬヤス黒天。認知症の症状に応じる便利なグッズを発明するアイデアマンだった! どうしても薬を飲み忘れてしまう……そんな問題はこれで解消です。
- 安黒天(やすこくてん)
- 認知症の人の生活を支援するグッズ発明の神様。一見して大黒天のような風貌だが、違う。メガネをかけているのが最大の特徴。ちょっとナイーブ。
おじいさん。お薬は飲みましたか?
ああ。飲んだぞ
ギクッ! そ、そんなことない。ちゃんと飲んだぞ!
嘘おっしゃい。私はね、何錠残ってるか毎日ちゃんと数えてるんですよ。このまえも薬は飲んだって嘘ついて緊急入院するはめになったの、忘れたんですか!
「このまえ」って、そんな20年も前の話を今ごろ持ち出すんじゃないよ
もー、いいから、この薬とこの薬、飲んで! はい、お水!
はいはーい。わかりましたよ。……ゴクン。はい、飲んだー
ジーッ
……な、なに?
手の中、見せて。見せなさい
……チッ
やっぱりっ! 飲まずに隠してた! もおー! なんでそんなに飲もうとしないんですか!?
ふん、そっちこそ、なんでそんなに飲ませようとするんだ! いやだっ! オレの体なんだからほっといてくれ!
はああぁ? なんですかその思春期まっただ中みたいなセリフ! 古希もすぎたくせに盗んだバイクで走り出す気!? だいたいお爺さんは初デートのときも堂々と遅刻してきて、あきらかに寝坊したくせに見えすいた嘘を、くどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくど……
やっ、やめろー! 半世紀前からワシの嘘をひとつひとつあげていくつもりか! 誰かっ、誰か助けてくれーっ!
ぼわーん(煙を想像してください)by 編集部
……およびかな?
ああっ、おまえは昭和48年の旧正月に露天でばあさんが半額で買い叩いた大黒天像!
えええ?! なんで私の大黒像がしゃべってるの? なにこの機能?
私は安黒天。認知症の人をささえる知恵の神じゃよ
ふーん? もしかして、ゆうじが使ってる「へい尻!」とかいう、あの携帯がしゃべったりするやつ?
ま、まあ、そんなようなもんかな。「へい安黒!」とでも呼んでおくれ。ほっほっほ。なにかお困りのようじゃな?
そうなのよ! いくら言ってもお爺さんが薬を飲んでくれなくって……
それはマズいのお。出された薬はきちんと飲まなくては。じゃがの、もしかしたら爺さんの方にもなにか飲みたくない理由があるのではないか?
へい安黒っ! よく訊いてくれた! だいたいばあさんの圧がすごすぎるんだ! まるで飲み会で一気コールして新人を追いつめるサークル最古参の先輩だ!
そ、そんなことないわよ
それにこの薬、一体何なんだ?! 何の薬かわからんし、何のために飲むのかもよくわからない! こんなの勧めてくるなんていくらなんでも怖すぎるだろ!!
えっ? ええええ~? そこ~!?
ほっほっほ。爺さんとしては、わけもわからず、責められ続けるのはつらいよな
ああ。言われれば言われるほど、メラメラと怒りがわいて飲みたくなくなるぞ
そうするとますます婆さんは怒って飲ませようとする。北風と旅人、負のサイクルじゃな
うーん、そうかー。まさかお爺さんがそんなふうに思ってたなんて……一体どうすればいいのかしら?
そうじゃなあ。大事なのは「薬を飲む理由」の提示かもしれんな
でも言ったら煙たがられるし、また忘れてしまうかも……
うむ。そこは相手への信頼が必要じゃな。爺さんが自力でその理由がわかるようにしておくといいかもしれん。まずは爺さん自身が冒険者となって魔境にある薬という秘宝にたどり着く、とイメージしてみるのじゃ
ああ、なんか、あれね。洞窟ででっかい岩がゴロゴロ転がって追いかけてくるやつみたいな
もしやインディ・ジョーンズのことかな? ほほほ。そう、爺さんはトレジャーハンター。数々の危険を乗り越え、忘れ去られた古代遺跡の謎を解き明かそうとしている。そこで我々が彼をいざなうべくヒントの書かれた石碑をさりげなくおいておくのだ
ははーん、なるほど、お爺さんが何度でもたどり着けるようにしておくのね
そう! 必要なのは謎ときの手がかり。例えるならメソポタミア文明の姿を伝える楔形文字を刻み込んだ粘土板のような、エジプトの神聖文字を解き明かしたロゼッタストーンのような!
うふふふ、お爺さんの歴史的大発見を導くのね!
そのとおり! さあ、今こそ、ここにロゼッタストーンを打ち立てようぞ! 爺さんよ、これで失われた秘宝へとたどり着くがいい! いでよ! ヤスダのテクノロジー! ヤスデノコヅチ~!
ぼわーん(もう一回、煙を想像してください)by 編集部
なんだこれ
ロゼッタストーン……にしてはずいぶんペラペラ。牛乳パック?
だからー。「ヤスデの」と言うとろうが
何か書いてあるぞ
うむ。これは薬の情報じゃ。こっちの面に薬の種類、そしてこちらの面はその服用時間を書いておく
ふーん
ほほほ。そう不安そうな顔をするなって。そして、この面。ここには爺さんの主治医の写真を貼る
え? お医者さんの写真なんてうちにはないけど
次に診療に行ったときにお願いして撮らせてもらうといい。この写真の下に「これは○○の薬です。必ず飲んでください」と医者からのメッセージを書いておく
ああ、これが「薬を飲む理由」ね。確かに、この写真はおじいさんにとって大きいヒントになるわね
さあ、そして最後の1面は、ダメ押しじゃ。たとえば孫とか、爺さんにとって大切な人の写真を貼る
ふむふむ、大切な人の写真ね
そしてその写真の下には「おじいちゃん、ちゃんとお薬飲んでね」など、じいさんのモチベーションをあげるメッセージを入れておく
うんうん、それいいわね!
これに薬と、すかさず飲めるよう水も添えて、これで完成! ここにさらに前回のICレコーダーなんかを組み合わせると……
ああ! これがあればお爺さんもきっと薬にたどりつけるわね!
うむ。これなら婆さんの圧力もなくて助かるな
ほっほっほっ。どうじゃな? ヤスダのテクノロジー!
言語聴覚士 安田清さんの解説
【薬飲み忘れ防止四角柱】
薬の飲み忘れって、本人が思う以上に多いんです。なかでも周囲が困ってしまうのは、薬を飲みたがらないということ。隠れてペッと吐き出してしまったり、そもそも自分はなぜ薬を飲んでいるのか忘れてしまったりすることもあります。薬を飲む際は、納得出来る理由が必要なんです。
どうすれば服薬忘れや拒否が防げるか。そこで、牛乳パックを使い、卓上の薬飲み忘れ防止四角柱を作ってみました。四面あるうち二面は「医師」と「孫」の写真、それぞれの言葉を手書きで書いたものを貼り付けています。たとえば、医師の写真の下に「これは○○のための薬です。必ず飲んでください」とペンで書いてもらっておく。「医師の写真」といっても、病院を訪れるタイミングで主治医に写真を撮らせてもらえばいいだけの話。孫の写真は、「おじいちゃん、ちゃんとお薬飲んでね」といった手書きの文章とともに貼っておくと良いでしょう。
残りの二面には、薬の種類と、服用時間を記しておきます。薬は、できれば1日ごとに飲む薬を仕分けできるケースに入れ、さらにこの中に入れておくといいでしょう。一週間分をケースに入れておくなら、分かりやすく曜日まで書いておくことも忘れずに。既に飲んでいることを忘れて再び飲もうとしてしまうこともあるので、鉛筆を一緒に入れておいて、チェックマークなどを付けられるような表をつけるのもいいですね。牛乳パックに、薬と一緒に小さめの水入りペットボトルを入れておくと、すぐに薬が飲めて便利です。水がないために「あとで飲もう」となると忘れやすいです。
それでも飲み忘れてしまう場合、ここでも前回取り上げたICレコーダーICD-PX240(ソニー)が役立ちます。たとえば、「おじいちゃん、20時だよ。お薬飲んでね、忘れないようにお願いしますよ」と吹き込んで、その時間にセットしてこの中に入れておく。ICレコーダーから呼びかけの声が出て、なおかつ医者と孫の顔が目に入れば、服薬への意識は強まるのではないかと思います。
なお、アラーム付きの服薬器も、1000円ぐらいからネットで各種市販されています。なかには、二重飲みを防ぐことができるようなものも売られています。
※私のホームページから、牛乳パックに貼る紙の原版がダウンロードできます
ところでこの「大切な人の面」に貼った、このうら若い女性はどなたかな?
いやだ、50年前の私ですよ。昭和の女優かと思った?
ほほほほほ。「……すみません。よくわかりません」(Siriのマネ)。ではまたな!
実用化企業募集!
この記事で取り上げた、安田清先生のアイデアを実用化してくださる企業を募集しています。御社名、部署名、ご担当者名、所在地、連絡先、掲載記事のタイトルを明記して、なかまぁる問い合わせフォームからお問い合わせください。