Better Care 通信

若年性認知症「昔からああだよ」と話す息子と介護福祉士を目指す妻

介護情報季刊誌「Better Care(ベターケア)」となかまぁるのコラボレーション企画です。同誌に掲載された選りすぐりの記事とともに、なかまぁる読者のための、雑誌には載っていない情報を加えてお届けします。野田真智子Better Care編集長からのご挨拶はこちらです。

反町カフェぽらんの壁面を使った欣哉さんの作品展にて
反町カフェぽらんの壁面を使った欣哉さんの作品展にて

長年のアルコールとのつきあい

横浜駅からバスで数分。高台のマンション1階にある「反町(たんまち)カフェぽらん」の壁には、鮮やかな色彩の絵画が並んでいた。杉本欣哉(きんや)さんの作品展が開催されていたのだ。トレーシングペーパーに透明水彩絵の具の作品や、オイルパステルで描いたものなど。なかには、一度描いた絵をハサミで切ってから貼ってつくった作品もある。いずれも小品だが、じっと見ていると広がりのある大地や、おとぎの国を感じさせられる。

作品展会場の「反町カフェぽらん」は杉本夫妻の自宅からも近い。オープン時にはシャッターの掃除や開店準備を手伝った店。NPO法人ワーカーズ・コレクティブ協会が地域の居場所・働き場所として開いている。妻の智穂(ちほ)さんも協力メンバーだ。「そんな喫茶店で個展ができるのはうれしい」と欣哉さんは感じているという。

欣哉さんにインタビューすると、「楽しいのは皆さんと話をすること。一緒に何かすること。絵を描くことはとくに好きというわけではないけれど、絵をほめられるとうれしい」とのこと。しばらく話していると、「洗車も車も好き」などと話は自然に自動車のことに向かう。

お気に入りの喫茶店で取材を受ける杉本欣哉さんと智穂さん
お気に入りの喫茶店で取材を受ける杉本欣哉さんと智穂さん

杉本さんはプロの画家というわけではない。定年までを自動車ディーラーの、社長賞も取るような凄腕営業マンとしてビジネス社会で活躍をしてきた。だが、その最後の何年間かは、問題を抱えるようになる。定年前に開催された退職後セミナーに出席したころは、すでに字を書くことがおぼつかなくなっており、智穂さんが同行した。配布された用紙がほかの人たちとは異なり、「定年後にも働きたいです」と、わざわざ手を挙げて発言した欣哉さんへの講師の返事は、「病気の人はだめです」とそっけないものだった。

2006年夏には、主治医だった順天堂*1の新井平伊医師から、多分認知症だと思うが、まずはアルコール依存を治療するようにといわれ、近くのクリニックに通った。アルコール依存を脱却した翌07年、ふたたび新井医師から改めて若年性アルツハイマー病の診断を受けた。まだ50代だった。

「長年、やめられなかったアルコールをやめられたのは、新井先生の『アルコールをやめるか人間をやめるかだ』との強い言葉のおかげです」と智穂さんはいう。振り返れば、認知症状はかなり以前からあった。1人息子は「お父さんは昔からああだよ」というほどだ。それを家族は、認知症の症状というよりは、アルコール依存症の症状ととらえていた。「だから、アルコールをやめたら症状も収まると思っていた」のだという。

*1 順天堂大学医学部附属順天堂医院。新井医師は若年性アルツハイマー病の研究で知られ、現在はアルツクリニック東京に所属

DAYS BLG! との出合い

智穂さんは欣哉さんが認知症との診断を受け、要介護認定を受けても、「家族だからついひいき目にみて、まだまだ、いろんなことができると思ってしまう」のだという。いまも「5年前は95%正常だった」と思っている。だから、現役時代は働きバチで仕事第一、休日もゴルフざんまいだった夫だが、料理をさせてみたらどうだろうかと、作業療法士に相談をしたことがあった。「認知症の人に料理は無理ですよ」と突き放された。だがあきらめきれない智穂さんは、知人の女性パティシエに頼んでクッキーづくりなどのイベントも開いた。

実は、欣哉さんと智穂さんは共同で、2015年から「あみけるひろば横浜」(以下「あみける*2」)という認知症の本人や家族が多様な活動をしながら交流し、その人の望む生き方を支え合える場をつくっている。

外出には福祉クラブ生協の「らら・むーぶ」(外出支援サービス)を利用。右は送迎担当の有償ボランティア、石毛一吉さん
外出には福祉クラブ生協の「らら・むーぶ」(外出支援サービス)を利用。右は送迎担当の有償ボランティア、石毛一吉さん

当初、ケアマネジャーが紹介してくれる従来型のデイサービスに見学に行ったが、参加者は超高齢の人が多く、内容も欣哉さんには合わなかった。デイサービスに向かう途中、行きたくないと反対方向に走って逃げる欣哉さんを、智穂さんが泣きながら追いかけたこともあった。

「働ける」「仕事がある」をキーワードに探した東京・町田市に開所間もないDAYS BLG!(デイズ ビーエルジー、以下BLG!)に通い始めると、欣哉さんは生き生きしてきた。大学時代は自動車部。自動車が大好きな欣哉さんにとって、BLG! での洗車の仕事は、趣味を生かし、「仕事をしたい」という欲求も満たしてくれる願ってもない活動。しかも男性参加者が多く「男の会話」ができる。バス・トラックの販売という、男性主体の仕事をしてきた欣哉さんは、女性のヘルパーや介護職員が苦手なのだ。

BLG! 主宰の前田隆行さんには、「ご本人が来たいといっていますか」と最初に聞かれた。本人が何を望んでいるかを最も大切に活動をしているからだ。

智穂さんは、「あみける」の活動でもそれを大事にしている。欣哉さんや他の参加者が何をしたいと思っているか。楽しく参加しているか。言葉でいえない場合も、態度をみていればわかる。

「写真や絵画を見ながら、ファシリテーターの支援のもとに数人の認知症ご本人が自由に物語を語る活動など、私たちも発想の自由さに驚き、またご家族もふだんとは違う一面を発見されて、とても喜ばれます」と智穂さん。本人が主体となり、周囲の共感や称賛のなかで自分自身を表現する機会の重要性を痛感するという。

*2 古語で「編み出しつづける」の意

社会とつながっていること

以前住んでいた同じ神奈川区の新子安(しんこやす)では、「あみける」と地域ケアプラザが意見交換を行い、共済事業として若年性認知症カフェ「A cafe(ええかふぇ) ALL」を運営した。2019年3月末に3年ほどで閉店したが、その間、欣哉さんはスタッフとして書記などを担当した。喫茶店で作品展をしたい、という思いも、この経験によるのかもしれない。

智穂さんは「今日は作品展をみにいって取材も受けるといったら、嫌がることも多い床屋さんの髭剃りもできて、楽しみにここに来ました。社会的な刺激があるのがとてもいい」という。

結婚するとき、「リビングに絵がかかっているような家庭をつくりたい」と語っていた欣哉さん。2人が代表を務める「あみける」の活動では、ほかに、野菜の直売所探訪、傾聴ボランティア、近くの畑での農福パートナー講座開講と農業支援など、多様な活動をしている。すべて、欣哉さんはじめ若年性認知症の方が「さまざまな分野のエキスパートとも連携し、一緒に活動できる場所、丸ごとケアができる環境をつくりたい」という思いによるもの。

農業支援の農福パートナー講座で畑に水やり
農業支援の農福パートナー講座で畑に水やり

もともと、中学の家庭科などの教員免許をもち、すでにガイドヘルパーなどの資格も取得、また、90歳の義母の認知症介護も経験している智穂さん。この春からは、ハローワークの職業訓練制度を利用して、介護福祉士資格取得を目指す。認知症の人に対して「何もわからない人」として、ただ優しくする介護ではなく、欣哉さんやその仲間とともに歩み、学び、新しい介護や新しい場を編み出しつづけるパートナーとして活動をつづける。おおらかで明るい家庭の雰囲気は、欣哉さんを支え、欣哉さんのもつ力を発揮させる原動力となっている。

杉本欣哉さん
要介護度:5 アルツハイマー型認知症
基礎疾患:アルコール依存症
利用介護保険サービス:小規模多機能型居宅介護・福祉用具など
介護保険外サービス:福祉タクシー
自立支援:ガイドヘルパー(外気浴ケア)

コロナ禍で

2020年3月初旬、クルーズ船の感染問題はあったものの、まだ新型コロナウイルス感染症流行拡大の状況は、ここまで深刻になるとは予想もされていなかった。「3月3日~4日の国内新規感染者が16人」と発表されていたほどだ。そんな状況のなか、横浜の小さな居心地のいいカフェに杉本夫妻をお訪ねし、作品を鑑賞し、インタビューをした。

欣哉さんは、ふっと、落ち着かなく立ち上がることもあったが、それでもきちんと取材に応えてくれ、写真撮影にも応じてくれた。実はこのときは、展示してあるような多色使いの絵などは、もう描けなくなってきていたものの、毎日、元気に作品鑑賞や、農業支援の活動を続けていた。

その後も、智穂さんは介護福祉士資格取得のための勉強と、欣哉さんの生活を支えながら夫婦の暮らしを続けてきている。2021年の正月には、欣哉さんは元気に書き初めを行い、その写真は「あみけるひろば横浜」のフェイスブックにUPされている。
書き初めの日から数日して、東京、埼玉、千葉、神奈川の1都3県を対象に1月8日~2月7日までの緊急事態宣言が始まる前日、欣哉さんは横浜市内の老人保健施設(老健)に入居した。在宅介護を続けてきていた智穂さんが、なぜ、施設入居を考えるようになったのか、そのあたりを、智穂さんはこう語る。

「介護福祉現場で介護福祉士さんたちの指導を受けながら学んだ第一段階、特別養護老人ホームでの実習の後で、心境の変化がありました。本人は、私のことは自宅で親切にしてくれる女性だと思っているようです。しかし、女性に排泄(はいせつ)や入浴の世話をしてほしくないとも思っています。実際、小規模多機能型居宅介護や認知症対応型デイサービスの利用時でもそうでした。
当初は、在宅での排泄や入浴介助のヒントが得られると思い、老健の在宅復帰強化型リハビリテーションを利用することとし、帰宅後の在宅介護と通所の準備もしておりました。けれど、今後、勉強が第二段階と第三段階と進み、実習も増え、生活時間に余裕がもてなくなる状況で、経験やスキルが足りない私のひとり介護でよいのか、24時間の見守りがあり、多職種の連携がある施設のほうが、本人の身体も気持ちも楽になり、本人にふさわしい暮らしができるのかもしれないと思うようになりました。
この老健では、なにより大好きな外気浴ケアもしていただけるし、リハビリテーションも充実しているうえ、施設内のフロアは比較的自由に歩いてよいので、本人にはぴったりです」

おりしも、新型コロナの市中感染が広がってきた時期でもあり、欣哉さんも新型コロナの怖さを感じているようだったという。入所の当日、「老健にはお医者さんもいてすぐに診てもらえるからいいですよ」との智穂さんの言葉に、満面の笑顔をみせたという。
男性の利用者も多いので会社にいる気分になれるかもしれないと、「同じ部屋の仲間と仲良くしなきゃね」と智穂さんがいうと、欣哉さんは大きくうなずいていたそうだ。

その後、新型コロナ流行拡大の情勢に、利用延長を希望したところ、「本人のリズムがここでの生活に合っている」とのことで、延長が許可されたという。智穂さんは「会社や美術館のような空間が気に入ってるのだと思います。オフィスのような高い天井や広い空間で、本人は伸び伸びできるのだと目からうろこの発見でした」と話している。
現在、欣哉さんは智穂さんを「妻」としては認識していないようだが、「自宅にいる、親切に介護をしてくれる人」とは感じているようだ。老健のスタッフに「欣哉さんは帰宅の日を意識されているようです」と聞いた智穂さんは「自宅にいる親切な(?)介護職員のこと覚えてくれているのか、とうれしく思いました」という。
まだまだ、新型コロナの感染拡大が予想されている現在の状況では、「あみけるひろば横浜」の活動も、実際に集まるかたちでは再開できないが、今後も、何らかのかたちで継続していきたいと、智穂さんは考えている。
欣哉さんとの新しい暮らしかたがどのようになっていくのか、智穂さんの心境の変化も含め、今後に向けて、模索が続いている。

横浜市神奈川区の介護環境

▶福祉の概況
●東海道五十三次の宿場「神奈川宿」に由来(県名も同じ)し、横浜市を構成する18行政区のひとつ。横浜市北東部に位置し、京浜工業地帯の一角を成し、横浜港ほか、中央卸売市場など市を支える施設も多数。一方、旧街道沿いには寺社や旧跡が多く点在し、往時をしのばせる。

●要支援・要介護認定者数は10,174人。要支援1=1,019人、要支援2=1,917人、要介護1=1,354人、要介護2=2,221人、要介護3=1,487人、要介護4=1,262人、要介護5=914人(2020年1月末日現在)。

▶主な相談窓口
介護保険課            TEL:045-671-4252
社会福祉協議会          TEL:045-311-2014
地域包括支援センター
片倉三枚地域ケアプラザ      TEL:045-413-2572
横浜市反町地域ケアプラザ     TEL:045-321-8004
横浜市新子安地域ケアプラザ    TEL:045-423-1703
横浜市沢渡三ツ沢地域ケアプラザ  TEL:045-577-8213
横浜市神之木地域ケアプラザ    TEL:045-435-2906
特別養護老人ホーム 若竹苑       TEL:045-382-0024
横浜市菅田地域ケアプラザ     TEL:045-471-3103

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