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男の介護経験のいかし方 妻のがんをきっかけに生涯現役で働けるヘルパーの仕事に出会えた

「介護の仕事に出会えて、私の人生ラッキーだったな、と感じています。妻に感謝しています」という高瀬秀弘さん=横浜市中区、2021年1月26日撮影

「肺腺がんの妻の介護を自分でしたい……」
ビル管理士をしていた横浜市の高瀬秀弘さん(74)が63歳で退職し、「ホームヘルパー2級」(当時)の講習に通い始めたのは2010年4月のことでした。家族の介護をきっかけに勉強する人は多くいます。高瀬さんのように家族に尽くした後も、その経験をいかして介護の世界で働く人たちもいます。家族に尽くした後も介護の現場で働き続ける理由を聞きました。

高瀬秀弘(たかせ・ひでひろ)

74歳。一人暮らし。ビル管理士としてビル管理会社に勤めていた2008年12月に妻にがんが見つかり、09年12月に退職。10年春に「ホームヘルパー2級」の資格を取得する。その後、妻の病状が安定したため、10年7月から社会福祉法人恵友会が運営する「居宅介護事業所やすらぎ」の登録ヘルパーとして週2日間働き始める。妻は高瀬さんによる約1カ月間の在宅介護を受け、15年に亡くなる。現在は週4日働き、毎日、午前と午後の2件の訪問サービスを担当する。仕事を終えた後の晩酌が楽しみ。

妻の病気をきっかけにヘルパーの資格を取得

「我が家のルールで、子どもたちは20歳を過ぎたら独立し、お互い干渉しない生活をしてきました」

「認知症だった母親の介護も兄に任せていたので、大変そうだなと感じてはいましたが、介護経験はありませんでした」

「それでも余命宣告された妻の介護は、自分がしなきゃいけないと思ったんです」

こう振り返る高瀬さんにとって、「ヘルパー2級」の資格取得は仕事のためというより家族のためでした。それが仕事となっていったのは、がん治療の効果があったことで今すぐ介護の必要性が薄れ、妻自身も趣味の卓球をするなど自分らしくがんとともに暮らしていきたいという前向きな姿勢が出てきたからです。高瀬さんは、いずれ必要となる妻の介護に向けて経験を積むため、仕事として介護の世界に飛び込みました。

「特別養護老人ホームの募集をみて3カ所面接を受けました。しかし、『経験がない』『高齢者』ということで採用になりませんでした。まだ64歳でしたがね」

そんなとき、介護施設での研修の際、講師から「精神障害者の居宅サービスの方が向いているんじゃない?」と言われたことが、介護の世界の仕事の中でも精神障害者の訪問介護員(ホームヘルパー)になるきっかけとなりました。

高瀬さんにとって当時の印象は「介護=身体介助」。精神障害者の在宅支援にかかわる訪問介護員(ホームヘルパー)を派遣する「やすらぎ」所長の渡邉美奈子さん(56)と面接して話を聞いてみると、目からうろこが落ちたそうです。

精神障害者の訪問サービスの中心は「自立支援」であり、「何でもやってあげる」のではなく、「一緒に行う」仕事だということが分かってきました。精神障害を対象とする場合、心の問題が様々な生活のしづらさを生み出していることが多いため、ホームヘルパーの仕事は体に触れる介護よりも一緒に家事などを行うホームヘルプサービスが中心になります。高瀬さんは50歳を過ぎてから料理をするようになり、洗濯や掃除などの家事をすることも苦にならなかったので抵抗はなかったそうです。

「ホームヘルプサービスといっても家事代行サービスのように働くわけではありません。その人ができることは自分でやってもらい、できないことはホームヘルパーが一緒にやって助けるんです。支援の目標はホームヘルパーのサポートを卒業し、利用者が自分自身で生活を営めるようにすることです。自立を促す理念に共感し、大きなやりがいを感じました」

事業所のサポートがあるから安心して働ける

高瀬さんは現在、週4日(月、水、木、金)働き、各曜日ともに午前と午後に1カ所ずつ訪問サービスに出かけています。

「遠くても電車やバスを乗り継いで毎日出かけられるのは楽しいし、自宅から利用者宅への直行直帰の勤務スタイルなので移動時間が長いのはそれほど負担になりません。何よりも利用者さんが私を頼りにして待っていてくれているのが仕事の励みになっています」

長い利用者は10年のつき合いになります。3月11日が近くなると、東日本大震災があった日を思い出します。障害者が軽作業を行う作業所に通う男性を、歩いて自宅に送っていたとき、2度目の大きな地震がありました。

「男性の自宅に到着すると冷蔵庫が倒れ、金魚鉢が落ち、ベッドもぐちゃぐちゃでした。一緒に片付けたのを覚えています」

一個人として親身に向き合う高瀬さんですが、父親や兄弟のように慕う人も少なくありません。しかし、「精神疾患」という病の特性上、依存される傾向があり、それは自立を阻むことにもつながるので、高瀬さんは利用者との適切な関係を保つように心がけています。

失敗もあります。土曜日の訪問を頼まれた際、自分のポケットマネーでお弁当を買って持っていったことがありました。渡邉さんはこう注意したそうです。

「おなかがすいているというのなら、前もって話をして代金をもらいましょう。お土産があたりまえだと思われても困ります。特別な関係性にしない方がいいのです」

高瀬さんもこう反省し、アドバイスします。

「かっこいいことをやろうと思っちゃいけないということです」

「この仕事を始めて10年。色んな人に出会えて気持ちが豊かになったかな。ものごとにこだわらなくなりましたね」と話す高瀬秀弘さん(右)と利用者=横浜市中区、2021年1月26日撮影

社会とのかかわりを持つことで若さも保てる

「やすらぎ」のホームヘルパーは、決められた支援以外のサポートを行う必要性が出てきたら、必ず事業所に相談か確認することを徹底しています。また、利用者が倒れているといった緊急事態はもちろんのこと、会話や表情から普段と様子が違うときも事業所にまず連絡するようにしています。ホームヘルパーからの連絡を受けた事業所の「サービス提供責任者」が利用者宅に出向き、状況を確認したうえで必要に応じて医療機関や訪問看護ステーションに連絡し、今後の対応について多職種で話し合って対応していきます。「やすらぎ」では、「サービス提供責任者」を5人置いています。

現場のホームヘルパーへのこのようなサポートや多職種の連携があるため、高瀬さんのような別の業界から介護の世界に入ってきた人でも、過度なストレスがかからないような仕組みになっています。

「やすらぎ」では現在、40人(平均年齢64.1歳)の登録ホームヘルパーが活動しており、そのうち12人が男性です。また、依存症を抱えているなど困難事例に対しては男性ホームヘルパーであっても2人1組で訪問するなど安心して利用者にかかわれる勤務体制になっています。高瀬さんが、「精神障害者の介護は、『できることを増やしていく介護』だから男性でも介護の世界に入りやすいのだと思います」と話すように、やりがいも大きく、アクティブシニアの男性が始めやすい分野だともいえます。

登録ホームヘルパーの契約は1年更新です。アクティブシニアにとっては自分の健康状態や家庭環境の変化に応じて勤務時間を柔軟に変えられることが働きやすさにつながっているようです。また、「やすらぎ」では、「シフトを埋める」という発想ではなく、その人が可能な範囲で勤務時間を設定してもらうことを優先しています。こうした配慮が働き手を増やし、離職率を抑えることにも奏功しています。「やすらぎ」の登録ホームヘルパーの最高年齢は82歳の女性です。腹膜透析を行いながら働いている77歳の男性もいます。高瀬さんも勤務時間をうまく調整しながら長く勤めたいと考えています。

「実年齢より10歳は若いとよく褒められます。家にじっとしていても年を取っていくだけ。出かける場所があっていろんな人と話すことが若さを保つ秘けつだと思いますよ。いつまでも現役で働けるホームヘルパーの仕事に出会えたのは妻のおかげです。先立たれたのは寂しいけれど、そのきっかけを作ってくれたことに心から感謝しています」

定年退職して自宅で過ごしている近所の男性たちにも介護の仕事の面白さを伝えているという=横浜市中区、2021年1月26日撮影

社会福祉法人恵友会

1996年に「こころを病む人々と共に安心して暮らせる社会づくりを目指す」ことを理念に掲げて設立された(理事長・坂口育子)。精神障害者に特化した地域支援活動を行い、障害者総合支援法に基づいた各種サービスを中心に展開する。横浜市で訪問サービスを提供する居宅介護事業所「やすらぎ」をはじめ、就労支援B型作業所、地域活動支援センター、グループホーム、生活支援センターを運営する。

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