閉じこもっていられない!シニア男性を惹き付ける地域活動が多彩
取材/村山幸
国内での高齢化が進む今、高齢者の「閉じこもり」が課題となっています。特に、現在の70代は仕事一筋だったケースが多く、定年退職後に居場所や拠り所がなくなることがあります。心身ともに元気だけれども、外出する目的がない――。そうした閉じこもりは、認知症の引き金にもなるといわれます。閉じこもりを予防するためには何が重要なのでしょうか。さまざまな対策を試みる自治体のケースから考えてみます。
閉じこもりの原因は「気持ち」
閉じこもりになる原因やその背景について長く研究しているのは、福島県立医科大学医学部教授の安村誠司さんです。厚生労働省の「閉じこもり防止マニュアル」作成において、研究班長を務めた安村さんは、シニアの閉じこもりの理由の一つに、集団活動への不参加や親しい友人がいないなどの「社会・環境要因」があると話します。
「閉じこもり状態になる原因は体力の問題だけではないんです。たとえば、近所を散歩したときにどのように見られるかを気にする、その『気持ち』が障害になって出歩かなくなることが大きな原因です」
そのため、仕事ばかりで地域社会を顧みてこなかった男性に、閉じこもりが多く見られることになるのです。現在のシニア世代の女性の多くは専業主婦で、ママ友がいたり、買い物をすることで地域に人間関係ができていたりします。男性の多くはそうはいきません。
「定年退職した男性は、地域のコミュニティーに居場所がありません。近所を散歩しているだけで、悪くすると不審者や認知症と間違えられたりする。それでだんだん閉じこもってしまうわけです」
では、どうすれば閉じこもりを予防できるのでしょうか。安村さんは、予防策として重要なのはまず本人、そして家族、近隣、さらに行政を挙げます。シニア男性本人の意識の改革が重要なのです。
本人の意識を変えるために、家族には「危ないからと外に出ることを止めない」ことが求められます。さらに地域社会も、「高齢者を過剰に守ろうとしない」ことが大切です。そして行政ができることは、「外に出る機会をつくること」と、安村さんは説明します。
当事者と関わりを持った人たちのさまざまな働きかけが、閉じこもりの予防につながります。では、外に出る機会をつくるために、自治体はどんな対策をしているのでしょうか。三つの自治体の取り組みを紹介します。
シニアになっても自分たちで稼ぎ、楽しむ
最初に紹介するのは長野県生坂村です。生坂村は県内で5番目に小さく、高齢化率は38%の村です。これは全国平均よりも10%ほど高い数値です。その中で、生涯現役で暮らすことで地域振興を目指すシニア男性の活動の「おじさま倶楽部」があります。
生坂村はもともと養蚕がさかんで、現在も桑畑をぶどう畑に替えるなど、広く農業がおこなわれています。そのため、定年後も農業に従事するアクティブなシニア世代が多いのが特徴です。
2010年に発足した「おじさま倶楽部」ですが、2007年に村が開催した男性セミナー「暮らしを楽しむセミナー」(そば打ちや竹細工)が前身となっています。会員数は現在31人、平均年齢は75歳。野菜やそばの栽培、そば打ちなどを行っています。
「おじさま倶楽部」の会長を務める吉澤盛夫さん(76)は、はつらつと活動について語ります。
「打ったそばを販売したり、村営の宿泊施設に泊まるお客さんにそば打ちの指導をしたりしています。育てた野沢菜は、おやきの具や漬物にしたりして、業者や道の駅に出荷します。農業は大変だが、みんなが集まる楽しさがある」
収穫物や加工物を販売することで活動資金を得、持続可能な活動になっていることが10年続く理由の一つになっています。生坂村役場振興課の竹本志のぶさんは「村役場が始めた講座がここまで発展したのは、当事者である皆さんが主体的に動いたからだと思います。今では村の活性化に欠かせない存在になっています」と言います。
受講をきっかけに自主的な活動、さらにボランティアへ
次に紹介するのは埼玉県横瀬町です。人口8120人、高齢化率33.7%の同町で、2019年から実施されているのが、シニア世代を対象に趣味などの講座を提供する「アクティブシニア事業」です。始めたきっかけについて、横瀬町健康づくり課の小泉博さんはこう言います。
「有名な『あしがくぼの氷柱』など、横瀬町の観光事業のメインはボランティアが対応しています。現在のボランティアは団塊の世代が多く、新しいマンパワーが必要。新しく退職する人たちに参加してほしいのですが、特に男性は出て来ないので、そのきっかけをつくろうと始めました」
全11講座のうち、「男の料理塾」「男のボイストレーニング塾」「男のコーディネート塾」など、男性のみが受講できるクラスがあります。男女ともに参加可能な講座では女性が多くなる傾向があり、男性が参加しやすくするための工夫でした。
中でも「男のボイストレーニング塾」は人気で、終了後も受講生の中からサークルにしたいという声があがりました。現在は、「よこぜシニアグリークラブ」として公民館を利用し活動を続け、町で行われる月1まちかどコンサートや文化祭に出演するなどしています。
家族に言われて参加したものの「やってみると楽しい」といった人や、ひとつ受講すると次はまた別の講座を受講する人もいて、参加する機会をつくることの重要性がうかがわれます。小泉さんは、そこからさらにボランティアへとつなげていきたいと考えています。
ターゲットは男性前期高齢者。そこで必要な対策は
最後に紹介するのは、大阪府堺市です。これまでの二つの自治体と異なる点は、政令指定都市であること、高齢化率は28.1%であること、そしてシニア層の3割が独居、全世帯の3割が高齢者のみの世帯ということです。
堺市が実施する「堺サンドイッチキャンパス」は、市が抱える高齢者の課題の解決に即した事業構築がされています。堺市健康福祉局の井上京子(けいこ)さんは、事業の目的をこう説明します。
「社会参加を増やし、高齢者の孤立化といった問題解消を狙うとともに、介護給付費の伸びの抑制のため新たな介護予防事業をしたいと考えました。“あるく、しゃべる、たべる”の3文字をとって“あしたプロジェクト”と名付け、市民への啓発を図っています」
要支援1、2といったシニアが多いことを踏まえ、介護が必要になる前の段階で予防しようという取り組みです。中でも、まだ介護予防を意識していない前期高齢者や、定年したばかりの男性をターゲットにしました。
そこで男性に特化した講座として、「男・本気のパン教室」「男・本気のコーヒー教室」「男・本気の木工教室」を開講しました。すると、健康や介護予防をメインにしたこれまでの講座ではリピーターが多かったのに対し、参加者の8、9割が初参加だったといいます。このような無関心層にアピールできたのには理由がありました。
「講座名に“男・本気の~”とつけて、深く学べそうという男性に響くように名称を工夫していることと、チラシも若い人など、高齢男性以外にも響くデザインにして配偶者や子どもの目にとまって、そういった人から高齢男性へ参加をうながすように声をかけてもらうことも狙っています」(井上さん)
これらを民間企業に委託し、ブランディングにも力を入れた結果、ターゲットにアプローチできたと手応えを感じています。前期高齢者の男性のための機会をつくる事例となりました。
コロナ禍の今、注意すべきこと
三つの自治体はどこも成功例ですが、コロナ禍での事業の継続は目下の大きな問題です。活動を休止したり、場所を変更したりと試行錯誤を続けています。
その中で、いち早くオンライン化にシフトしたのが堺市です。昨年12月、「パソコン・スマホでフレイル予防教室」というオンラインの体操講座を開始しました。すると、男性の参加者が45%と、従来の対面の講座より割合が多くなりました。思いがけない副産物でした。
シニア世代であれば、男性のほうがパソコンに抵抗がない人は多いかもしれません。また家から参加できるのも、参加へのハードルを下げた可能性があります。体操の他、「木工」や「料理」などのオンライン講座も実施しています。
コロナ禍で一気に利用する人が増えたオンラインは、シニア世代にとっても非常に利便性が高く、有効な手段です。けれども、前述の福島県立医科大学教授の安村さんは、「コロナ禍でも密を避けた外出はしてほしい」と釘を刺します。コロナによって、家にいること=ステイホームが推奨されるような状況は、閉じこもり予防の観点からはマイナスに働きかねません。
オンラインを用いたコミュニケーションといった新しい方法も活用しながら、家の外に出るという、文字通り、閉じこもらないための方策を、コロナ禍においても考えていく必要があるでしょう。
閉じこもり予防にもっとも重要なことは?
急激な高齢化が進む日本では、これからますます高齢者が増えていきます。けれども、家族も自治体も、使用できるリソースは限られています。閉じこもりをはじめとするシニア層の問題解決に重要なポイントとして、「高齢者を『守られるだけの人』として扱わないこと」「高齢者自身が活躍できる場をつくること」と、安村さんは言います。
守ったり、与えたりすることの一方向では、結果として外に出る意欲を奪ってしまうことになりかねません。家で、地域社会で、その人の役割があることが、外に出るきっかけにつながりそうです。それぞれの家族や自治体に合った形で閉じこもりを予防する取り組みが、これからますます求められます。