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施設の義父「今すぐ20万持ってきて」果たして値切れるか もめない介護95

コスガ聡一 撮影

認知症の周辺症状のひとつである「もの盗られ妄想」。そのバリエーションは多種多様で、認知症介護の経験がある人たちから、話を聞くたびに驚かされます。

「さっきまでうちにあったはずの100万円がない。盗んだでしょう! いますぐ返しに来て!!」

ヒステリックな留守電メッセージに、携帯電話を取り落としそうになったと苦笑いするのは、認知症介護歴10年になる早紀子さん(仮名、52歳)。早紀子さんの母親は夫を早くに亡くし、いろいろな仕事を掛け持ちしながら、女手ひとつで4人の子どもを育て上げた気丈な女性です。「子どもたちには絶対にお金の苦労をさせない」「一人親だからってみじめな思いは絶対にさせない」と口癖のように言っていたそう。

「そんな強い思いがあったからこそ、余計にお金に執着してしまうのかも」と、早紀子さんは振り返ります。初めての「お金を盗られた!」から、何度となく電話がかかってくるようになり、そのたびに早紀子さんは100万円を抱えて、駆けつけたと言います。そんなことをしていたら、お金がいくらあっても足りないのでは……?と心配になって聞くと、「母は、100万円の束を見ると安心して、興味がなくなるんです」と早紀子さん。

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毎回、“見せ金”として持っていっては、持ち帰る。また「返しに来て!」と言われたら見せに行き、落ち着いたころを見計らって……を繰り返していたそう。「近所に住んでいたからできたことかもしれません」と早紀子さんは笑います。

わが家の場合、「泥棒がいる!」「自宅に知らない女性が住んでいる」という訴えはしょっちゅうありましたが、幸い「あなたが盗んだんでしょう!」にはまだ遭遇していません。ただ、「いますぐお金を持ってきてください」は何度かありました。

いちばん金額が大きかったのは“一時療養”の名目で、義父母が夫婦そろって介護付き有料老人ホームに入った直後のことです。

「現金を持ち込まない」という施設のルールが義父母のストレスに

当時、義父母はともに「要介護3」。対面でのコミュニケーションでは、そう違和感なくやりとりができましたが、電話になると意思の疎通が少し難しくなるという状態でした。

施設に入所する際、部屋に電話を設置するという選択肢もありました。でも、目の前に電話があると、ちょっとしたことでもかけたくなるだろうし、こちらとしても1日中電話がかかってくるのはきつくなりそう。あえて電話は設置せず、「必要があれば施設の方に頼んで、事務室から電話をつないでもらう」というスタイルにしました。

低栄養を改善するため、「(食事がおいしくない病院に)入院するよりはマシ」と施設入所を選んだ義父と、表向きは「(義父に)お供します」と言いつつ、ホントは納得していない義母。しかも、施設に入所するにあたって「現金を持ち込まない」というルールが、ふたりにとってのストレス要因にもなっていました。

「手元にお金がなかったら、ちょっと買い物に出ようと思っても出られやしない」
「バスにだって乗れないでしょう」
「財布も持てないなんておかしいわよ」

義母が言うことはいちいち、ごもっとも。もっぱら文句を言うのは義母のほうで義父は黙っていましたが、夫婦の意見はおそらく一致していたのだろうと思います。

滞在中の費用はすべて引き落としになっていること。
もし、それでもさらに何か必要な費用があれば、立て替えてもらえること。
集団生活なので、部屋からお金がなくなったりするとお互い気分がよくないこと。
などなどをお伝えし、「だったら、しかたがないね」とその場では決着するものの、またしばらく経つと「でも、やっぱりおかしいわよねえ」という話になる。その繰り返しでした。

連日聞かされる義母の愚痴に、参ってしまった義父

そんなある日のことです。施設から携帯電話に着信があり、あわてて電話に出ると義父からでした。

「いますぐ、20万円を持って施設に来られますか!」
「いますぐ、ですか!? えーっと、今日はこれから仕事の打ち合わせがありまして……」

戸惑いながら返事をすると、「いつなら来られますかな?」とたたみかけられ、さらにモゴモゴ。

「えーっと、そうですね。早いほうがよさそうですね?」
「はい! できるだけ早く来てほしいです!!」
「なるほど! ところでおとうさん、20万円は何にお使いですか?」

妙にキッパリとおっしゃる義父に、気を取り直して用途を聞いてみました。

「枕元に置いておこうと思います!」
「なるほど! それは、もしものときのお守りのようなイメージですか?」
「そうとも言えます」
「ちなみになんですけれども、滞在中のお金はすべて引き落としに……」
「それはわかってますが、A子(義母の名前)が『お金がない、お金がない』と言うのでうるさくてかなわんのです」

なるほど……!!!

義父は、義母の愚痴を連日聞かされて、参ってしまっているようです。「お金がない」と言われたらパッと渡したい。でも、だったら20万円も必要ないのでは……?

びっくりするようなリクエストには、こだわりの出発点を探ることから

「おとうさん、ちなみになんですが、枕元のお金はお母さんに渡す以外には、何か今すぐ必要な用途がありそうですか?」
「特にありません」
「すでにご存じのことかと思うんですが、集団生活だと、お金がなくなったりすると皆さんがつらい思いをされるので……」
「それもそうですな」
「もし、よかったらもう少し金額を少なくできるといいかなと思うんですが、どうでしょう?」

しばし沈黙ののち、「10万円もあれば十分かもしれません。それぐらいあれば、帰るときの精算も大丈夫でしょう」と義父から回答がありました。ここでもう一声!

「帰るときは必ず、わたしたちがお迎えに行くので大丈夫ですよ。精算は、おとうさんから預かってる家計口座でお支払いします」
「なるほど……だったら1万円ぐらいあれば十分かもしれませんな」
「試しに8000円ぐらいにするのはどうでしょう? おかあさんに渡しやすいよう1000円札で用意します」
「ふむ……それはいい案かもしれない。そうしてください」
「じゃあ、次に施設にうかがう時に持っていきますね」

交渉成立! 義父は機嫌よく電話を切ってくれて、こちらもガッツポーズ。施設内に現金を持ち込むことについては別途、施設と相談が必要ですが、20万円と8000円では紛失リスクもぜんぜん違います。実際その後、義父が部屋に戻ったタイミングを見計らって施設に電話をかけ相談すると、「紛失しても施設の責任は問わない」などの条件付きでOKが出ました。

「いますぐ20万円持ってきて」の第一声では一歩も引かない構えの義父でしたが、話を聞くうちに突破口が見えてきました。親からのびっくりするようなリクエストに出くわしたら、真っ正面から受け止めて「やれる・やれない」と考える前に、まずは理由を聞いてみる。こだわりの出発点を探ることで、“交渉の余地”や回避策が見つかるかもしれません。

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