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出たな大量の衣類「名前書き」!秘技で“チリ積も”を回避 もめない介護91

コスガ聡一 撮影

介護にかかわるなかで、思いのほか大変だった作業のひとつに「名前の記入」があります。お子さんがいる方だと、幼稚園や保育園の入園時や小学校に上がる時にすでに経験されているかもしれません。

わたしが初めて「名入れ」を経験したのは、親戚同然に付き合っていた“おばさん”が有料老人ホームに入ることになり、その手伝いに行ったときのことです。両親が若いころから付き合いがあり、わが家にもしょっちゅう遊びに来てくれていたおばさんは、施設入所を決めた当時も、まだまだ元気いっぱい。ひとりでも準備できるけれど、荷物も多く、何より「持ち物に名前を書くのは結構、大変なはずだから」と両親に頼まれ、出かけていったのです。

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布製の「お名前シール」があると便利かもしれない。そう思って100円ショップでいくつか購入し持っていきましたが、結論から言うと、その時は役に立ちませんでした。おばさんが「洗濯したらとれてしまうかもしれない」と心配し、「だったら縫い付けよう」という話になったのですが、1つ縫い付けるだけで結構な手間がかかり、裁縫が苦手なわたしは早々にギブアップ。諦めて油性のペン1本で大量の洋服に立ち向かうことになりました。

デイケアに通い始めた義父母の持ち物への名前書き

書いても書いても終わらない……。おばさんとおしゃべりをしながらの作業だったのでさほど苦痛ではありませんでしたが、それにしても洋服の枚数が多すぎて、一向に終わる気配がありません。結局、途中で「もう、これぐらいでいいわよ。あとは物がなくなったりしてから考えるわ!」と、おばさんがカラカラと笑いながら、名前書きの終了を宣言。ひとが1人引っ越すための荷物全部に名前を書くというのは、並大抵のことではないと思い知らされました。

さて、わたしが再び名前書きに直面したのは、義父母の通所リハビリ(デイケア)通いが始まったときのことです。デイケアではお風呂に入る時間があり、下着などの着替えを持っていきます。そのため、着替えや脱ぎ着する可能性のある上着、歯ブラシなど施設に持ち込む物にはすべて名前を書いておくよう、施設から説明がありました。

もちろん、おばさんを手伝った時とは大きく状況が異なっています。まず、義父母には認知症に由来する「もの忘れ」がありますが、ご本人たちはあまり自覚していません。特に中程度の認知症と診断されていた義母は、自分が忘れたことはきれいさっぱり忘れ、「この人、最近もの忘れが多いけど、大丈夫なのかしら」と、軽度の認知症だと診断されていた義父を心配することもしょっちゅう。

ふたりとも「名前を書いてほしい」と望んでいるわけではありませんし、その必要性も感じていません。あまり、大がかりに「名前書き」をやると、「そんなことをしなくてはいけないなら、デイ通いをやめたらいいんじゃない?」と“やぶ蛇”になってしまう可能性もありました。

一度にふたり分の記名は骨折れもの

そこで、名前を書くのはごく少ない枚数の下着と、歯ブラシなどの小物類だけにしました。
「みんなで温泉みたいなお風呂に入ったりするので、取り違えがないよう一応名前を書いておきますね」

そう伝えると、義父も義母も特に不自然に思わなかったようで、「ああ、そう。よろしく」で第1関門は突破。
当時、デイ通いは週1回からのスタートだったので、ほどなくすると“名前あり”の下着のストックはなくなるはず。ただ、そこはヘルパーさんと連携し、次の着替えを準備するときに、必要があれば名前を書いてもらうという作戦で乗り切ることに。

幸い、その後も、義父母から「下着に名前を書くなんて子どもみたいなことやめて」と拒否されることはなく、順調に“名前入り”の下着のストックは増えていきました。

そのありがたみを痛感したのは、義父の緊急入院にともない義母が緊急避難的に介護付き有料老人ホームに入所したときのことです。「また、あの名前記入が待っているのか……」と憂鬱(ゆううつ)な気持ちになっていましたが、持っていきたい着替えにはほとんど名前が入っていました。その都度、ヘルパーさんが記入してくれていたおかげで、新たに書き込むものは数枚で済んだのです。

その後も義父が入退院を繰り返したり、施設を移ったりするなどの移動があるたび、「追加の名前記入」は発生。施設入所のために下着や洋服を買い足せば、当然その分、記入の手間は増えるので、ひとり分ならまだしも義父と義母ふたり分を一緒に用意するとなると大変!!! という瞬間もありました。

小さな手間を手放せば、介護ストレスからも解放

ただ、繰り返し名前を記入しているうちにこちらも慣れてきて、すべて引き受けるのではなく、「この洋服の山は“未記入”なのでよろしく!」と、夫に頼めるようになりました。誰にでもできる簡単な作業だけど、実際にやると、地味に面倒。「うまく書けない!」と夫が四苦八苦するのもご愛敬。(大変さを知るがよい~~)と留飲も下がるし、投げ出さずにがんばる姿を見直したりもしました。

そして、義父や義母に書いてもらうというのもナイスな作戦でした。義父や義母はもともと、筆まめで字も上手。「お願いします!」と頼むと、「ひらがなと漢字、どっちがいい?」「あら、ちょっと字が曲がっちゃったわ」などと言いながら、楽しそうに書いてくれたのです。

ちなみに、思わぬ難敵だったのが義父の靴下です。同じ黒色や紺色でも、ズボンの場合は「洗濯用のタグに書けばOK」という逃げ道があります。でも、靴下だとどうしようもなく、白や銀色のペンも使ってみましたが、発色がイマイチでした。そこで、新たに男性用靴下を買うときは黒や紺ではなく、グレーを選択。靴下に限らず、洋服を購入するときは着心地や着替えのしやすさはもちろんのこと、「名前を書きやすいかどうか」にも目を配るようになりました。

たかが名前書き、されど名前書き。わずかなストレスも積もり積もると、“どうしてわたしばかりがこんな目に…!”という腹立たしさにつながります。小さな手間を手放していく、それも介護とうまくつきあう上で大事なポイントになりそうです。

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