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自宅での自立生活支えるから面白い ホームヘルパー宮本慶子さんの52歳の選択

訪問介護員(ホームヘルパー)の宮本慶子さん

「ヘルパーなんて、そんな大変なこと無理やわ」。
かつてはこう思っていた京都市の宮本慶子さん(63)は、約10年前に始めた訪問介護員(ホームヘルパー)の仕事をいまでは「天職」と感じています。利用者の家庭に出向き、生活援助や身体介護を行うホームヘルパーの仕事に、「介護施設での仕事のスピード感はしんどいかもしれないけど、訪問での介護の仕事なら働ける……」と感じるのはなぜなのか、聞いてみました。

宮本慶子(みやもと・けいこ)

63歳。子ども2人は独立し、現在は夫と2人暮らし。長野県内の高校を卒業した後、京都市内の染色の専門学校に進学。卒業後は、京都市内の洋服生地のデザインスタジオで約25年間、図案制作の仕事に従事した。洋服生地生産拠点が海外に移り、受注が激減したことから、52歳で訪問介護の仕事をダブルワークとして始める。その後、介護の仕事に絞り、現在の社会福祉法人「京都福祉サービス協会」の山科事務所で働く。モットーは「とりあえずやってみる」。介護福祉士。

できることを続けられるようにサポート

京都や大阪のベッドタウンとして発展した京都市山科区。ここで暮らす宮本さんは、月曜日から土曜日、自分の電動自転車に乗って高齢者や障害者の利用者宅に通っています。訪問先では、食事や排泄(はいせつ)の介助から、掃除、洗濯、調理、買い物、着替え、清拭(せいしき)など、利用者ごとに決められたメニューを30分から2時間でこなしていきます。

11月のある日の午後、体にまひなどの障害を抱えつつも自宅で生活する夫婦宅の訪問に同行させてもらいました。宮本さんは、集合住宅の一室のドアを開け、大きな声で「こんにちは。お変わりないですか」と呼びかけながら中に入っていきました。

利用者の体調や日ごろの変化などを日常会話の中で聞き出したうえで、いつものルーティンに入ります。この日の業務は1時間での清掃です。時折、言葉を交わしながら、浴室、トイレ、居室、廊下の掃除をてきぱきと進めていきます。宮本さんは、仕事を終えると、こう説明してくれました。

「お二人ともそれぞれができる家事を分担して暮らしておられます。お二人ができない掃除を私たちがサポートすることで障害があっても地域で自立した生活が送れています」

「ありがとうって感謝されて終われる仕事、世の中にそうそうないと思うんですよ。利用者さんと気持ちが通じ合えたときがいちばん楽しいです」(宮本慶子さん)

「新しい世界を知るいい機会」と気持ち切り替え

宮本さんがホームヘルパーの仕事を始めたのは52歳の頃です。両親の介護経験もほとんどありませんでした。

「高校生の頃に読んだ有吉佐和子さんの小説『恍惚(こうこつ)の人』に出てきた排泄の場面が強烈な印象で残っていたんです。介護は、めちゃ、大変だなって」

転職先を探しにハローワークに通っていても、デザイン関連の仕事は見つかりません。「介護の仕事ならありますよ」という職員の言葉と、すでにホームヘルパーの仕事をしていた知人の後押しもあり、「新しい世界を知るいい機会」と気持ちを切り替えたそうです。

「料理も自己流ですし、私自身は長野県出身なので、京都の利用者さんの好みに合うか心配でした。でも、そこは発想を転換しました。利用者さんに教えてもらったり、料理サイトで調べたりすればいいんだと考えるようにしてから、気持ちが楽になりました」

生活援助の提供は利用者それぞれのやり方があるので難しい面もあり、利用者の価値観を受け入れることからサポートは始まるといわれています。

「最初から完璧である必要はないと思います。生活の場で利用者さんとのやりとりを深めていくことで、その人の人生や生き様が見えてきて尊敬の念に変わることも多いです」

利用者宅の掃除をする宮本慶子さん。介護の仕事はハードルが高いと考えず、もっと仲間が増えてくれることを願っている

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チームで支えるから1人でも怖くない

一方、訪問介護は自宅と利用者宅を往復する「直行直帰」スタイルの勤務形態だからこそ、マネジメントする側も細心の注意をしています。山科事務所長の沼田康史さんは、こう話します。

「いま働いてくれている人たちができるだけ長く働けるようにしたいと考えています。訪問先での出来事や悩みごとをすべて自宅に持ち帰るのはしんどいと思うので、声かけを積極的にしています。月1回、書類を提出するために事務所に来る日だけではなく、月2回ほどあるヘルパー会議や勉強会を設けて、様子をうかがうようにしています」

これに加え、宮本さんは、自分が経験をしたことがない「壁」にぶつかった際、同僚同士で気軽に相談したり、学び合ったりできる環境が大切だと指摘します。

「利用者さんも、医師や看護師の訪問を定期的に受けるなど多職種によるチームケアが行われているので、『1人だから怖い』という不安はなくなりました」

山科事務所には、約100人のホームヘルパーが働いています。平均年齢は65歳。半数以上が、60代や70代の地元で暮らすアクティブシニアの人たちです。「パートヘルパー」は、80歳まで雇用契約を更新する制度になっています。宮本さんは、10年以上続けてこられた理由についてこう話します。

「勤務の自由度が高いのも、この仕事を長く続けてこられた理由の一つです。そのときの自分や家族の状況に合わせて仕事の量をコントロールできるのはありがたいです」

訪問介護を通じて、様々な人たちの生活空間の中で人生にふれ、それに寄り添う仕事ができることも魅力の一つだという

資格取得だけではない 自分の成長を感じた瞬間

ホームヘルパーの仕事は、「身体介護」(食事、清拭・入浴、排泄、着替え、移動、外出、服薬などの介助)と「生活援助」(掃除、調理、洗濯、買い物など)に大別されますが、実際には複合的に提供されることがしばしばあります。また、介護保険法や障害者総合支援法の理念に基づき、利用者が自立した日常生活を営めるように、できないことを支援するのが原則です。最近は、利用者の自立を促すために一緒に作業を行う「共同実践」と呼ばれる活動も積極的に取り組まれています。

宮本さんが定期的に訪問している利用者は25人。日曜日のほか、月曜日と水曜日に半日ずつ休めるように勤務スケジュールを組んでいるので、実質的には週休2日です(図参照)

「ホームヘルパー2級」(現在は、介護職員初任者研修)を取得して始めた仕事ですが、その後、同僚たちと同じように実務をこなしながら国家資格の「介護福祉士」を取得し、専門的な業務もできるようにスキルアップを図ってきています。

そして、自分の成長も感じているといいます。ホームヘルパーになって1~2年目。仕事が休みの日、デパートの多目的トイレで車椅子の高齢女性が何やら困っている場面に遭遇した時のことです。

「自然に『お手伝いしましょうか?』と声をかけられました。排泄介助の経験があったからこそできたことですよね。こんな形で社会の役に立てることがうれしくて。この仕事、やっていてよかったなあと思える瞬間でした」

宮本さんは、70歳になっても何らかの形でこの仕事に携わっていることを目標にしています。

社会福祉法人京都福祉サービス協会

1986年、前身である「京都ホームヘルプサービス協議会」が発足。93年に京都市の出資を得て社会福祉法人が設立された(理事長・浅野信之)。特別養護老人ホーム、デイサービス、訪問介護事業など指定事業数は100事業を超える。高齢者に限らず、身体や精神に障害のある人への支援、児童館運営など幅広い分野で福祉サービスを展開している。

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