義父の通夜で、義父の遅刻を案ずる義母。棺みて「どなた?」もめない介護80
編集協力/Power News 編集部
「おとうさまはどこにいらっしゃるの?」
「お葬式に間に合わなかったら、どうするつもりなのかしら」
斎場に向かう車の中でも、義母はしきりに義父の居場所を知りたがり、遅刻を心配していました。
葬儀社のスケジュールによれば、義父の棺は午前中には会場入りし、今ごろは祭壇の準備も終わっているはず。われわれが車の渋滞で遅刻することがあっても、義父の遅刻はまず起こりえない。むしろ、真っ先に会場入りしていますのでご安心ください! とも義母には言えず、夫とふたり、「そうだねえ」「会場にいるかねえ」などと、なんとなく話題をはぐらかしながらの移動となりました。
義母の口ぶりからすると、これから「お葬式」に出席するということは理解しています。でも、夫(義父)が亡くなったとは思っておらず、「姑」(義父の母親)の葬儀に向かっているという設定になっていました。斎場に到着しても、その設定は変わらず、「さあ、行きましょうか」と平然としています。会場の入り口に、コンパクトサイズの義父の遺影が花とともに飾ってあっても、目もくれません。
義父の葬儀と聞いて目を丸くする義母
戸惑いながらも、義母の車椅子を押し、会場の中に入ると、祭壇には義父の遺影がドーン! 入り口付近に置かれていたものと同じ写真ですが、こちらはさすがにサイズが大きく、義母もようやくその存在に気づいたようで、けげんそうにしています。
「あんなところに写真が飾ってあるけど、おかしくないかしら……?」
「おかしくないですよ」
「だって、あそこはそういう写真を飾る場所じゃないでしょう? 間違ってると思うんだけど……」
「間違いじゃないですよ。今日はおとうさんのお通夜ですから」
「ええ……!?」
目を丸くする義母に、「お棺の中、見てみましょうか」と尋ねると、こくりとうなずきます。
「では、お手をどうぞ」
「あら、お姫さまにでもなったみたいね」
「こちらでございます」
「あなたって、本当に支えるのがお上手ね。とっても歩きやすいわ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
「おとうさまはどちらに?」「こちらです」「ええ!?」と繰り返されるこんにゃく問答
そんな軽口をたたきながら、車椅子から立ち上がった義母を棺まで誘導します。小柄な義母はつま先だちで背のびをしながら、棺の中をのぞきこんだかと思うと、くるりと振り向き、「この方、どなたかしら……? 見覚えがあるような気がするんだけど」。えー! そう来ましたか!!
「親父だよ」
答えに困っていると見かねた夫が、横から説明してくれました。でも、義母は納得してくれません。「ええ!?」と大げさにのけぞり、「だって、ぜんぜん違う顔をしているわよ」と、口をとがらせます。
「いつ亡くなったの?」
「6月16日です」
「ぜんぜん知らなかったわ……!」
「去年の秋から具合が悪くて、入退院を繰り返していたんですが……」
「あら、そう。大変だったのね」
納得してくれたのかなと思うと、「ところで、おとうさまはどこにいらっしゃるのかしら」「……こちらです」「ええ!?」という、こんにゃく問答の繰り返し。そうこうしているうちに、義姉夫婦が到着しました。義母はうれしそうに手を振りながらも、開口一番、つれないセリフを投げかけます。
「あら、あなたも来たの?」
「そりゃ来ますよ。親の葬式なんですから」
「え……親!?」
「ママ、ほら見て。パパ、いいお顔してるわね」
「ちょっと箱の高さがあって、よく見えないわ」
「棺だけどね!」
義母と義姉が棺の横でワイワイ言い合ってると、夫がやってきて「姉貴、おふくろの相手お願いできる?」と義姉に頼んでくれました。グッジョブ!
夫は無言でサムアップ。波乱含みの通夜と葬儀がついに幕開け
今回、通夜・葬儀の喪主は義母で、施主は夫と義姉の連名にしました。ただ、“現場仕事”は夫がメイン、わたしがサポートで動く想定で葬儀会社には伝えており、先方のスタッフの方たちも、いつ打ち合わせが始められるか、そわそわしながら見守ってくれているような状態だったのです。
「おふくろの気が済んだら、親族控室に連れて行ってやって」
「わかった。車椅子で移動すればいいんでしょ」
「うん。車椅子に座らせるときは、必ずブレーキがかかってるかどうか確認して」
「車椅子の操作って、よくわかんないんだよね」
「いや、わかんないじゃなくて、ちゃんと確認して。いまやってみせるから」
夫は押し殺した声で、義姉に確認をうながすと何度かブレーキ操作をして見せます。でも、義姉は興味がなさそうな様子で、義母に話しかけたり、棺をのぞきこんでみたり……。夫は「あのさあ」と一瞬、声を荒らげたものの、すぐに言葉をのみ込み、能面のような表情で車椅子を義姉のほうに押しやりました。めちゃくちゃ怒ってる……!
夫の背中から立ちのぼる怒りのオーラにビビりながら、「ドンマ~イ!」と小声で話しかけてみると、夫は無言でサムアップ(親指を突き立てるサイン)。通夜・葬儀の場にはまるでふさわしくないポーズですが、どうやら怒りに我を忘れているわけでもないらしいことがわかり、ちょっとホッとします。受け付け準備に、弔問客の対応、僧侶へのごあいさつにお布施のお渡しと、やらなきゃいけないことがてんこもり。いつ、どんなトラブルが起きてもおかしくない、波乱含みの通夜・葬儀が幕を開けたのです。