次も頼みたい!?のは儀式?人?義母の現実と通夜当日 もめない介護79
編集協力/Power News 編集部
義父の通夜葬儀を行ったのは、亡くなってから約1週間後のことでした。あらかじめ葬儀社を決めていたこともあり、段取りそのものは比較的スムーズ。ただ、通常通り、仕事をしながら準備しようとすると、かなり慌ただしいものとなりました。
通夜当日のスケジュールも二転三転します。当初は、昼過ぎに夫の実家の最寄り駅でレンタカーを借りて、義母の施設に迎えに行くようなイメージでいました。でも、当日午前中には夫の実家で、火葬場の後に義父の遺骨を安置するための「祭壇設営」が行われることが判明。“葬儀が終わったら、終わり”ではなかった! という、当たり前のことに気づかされながらの右往左往です。
そんな中、もっとも気がかりだったのは義母の反応です。義父が亡くなったことを静かに受け止めているような瞬間もあれば、“なかったこと”かのように振る舞う瞬間もありました。夫と義姉、わたしと義母の4人で立ち会った「納棺」の時も、義母の記憶は行ったり来たり。その直後にあった「もの忘れ外来」の往診の時もそうでした。
ぼんやりと“もう会えないかもしれない”と思っている
「あんなふうにお別れができると思わなかったわ。本当にありがとう」
義母はそう言って、わたしの手を握り、何度も何度もお礼の言葉を口にします。その様子があまりに嬉しそうで、ホロリとしていると、「すごくよかったから、次も頼みましょう!」と義母が言います。
え、次!? それって、自分の時の心配……? わたしと夫がギョッとして顔を見合わせても、義母はどこ吹く風のマイペース。「あなた覚えておいてね! わたしはきっと忘れちゃうから」と笑っています。
しかも、さんざん「さっきのお別れは素晴らしかった!」と喜んでいたのに、もの忘れ外来の先生に「今日はどちらに行かれてたんですか」と質問されると、「ちょっと授業がありまして、外に出ておりました」とキッパリ。納棺のことなどおくびにも出さず、義父は「入院か、療養か……ちょっと遠いところにいるみたいです」という話になっています。お、おう……。
もの忘れ外来の先生にはこうアドバイスされました。
「認知症の方には珍しくない反応。完全に忘れているわけではなく、ぼんやりと“もう会えないかもしれない”と思っている。配偶者の方を亡くしたショックがやわらぐというプラスの面もあるので、無理に思い出させなくてもよいでしょう」
なるほど!とは思ったものの、通夜・葬儀となると、義父の死に再び直面してもらわざるを得ません。いったい、どうなるのか。
黒い服に体操の中断。色々納得のいかない義母はプンスカ
どんな展開になるのか予想がつかないまま、義母を迎えに行った通夜当日。夫と2人で施設に向かい義母の部屋に行くと、中はもぬけの殻……。どこに行っちゃったの!?と焦って職員さんに声をかけながら周囲を見渡すと、義母は他の利用者さんたちと一緒に元気よく体操をしていました。お、おう……。
体操を中断させられた義母は、若干ご機嫌ななめ。わたしたちの顔を見ると、「あら、どうしたの?」と笑顔になってくれたものの、すぐに文句を言い始めました。
「なんだか知らないけど、今日は真っ黒な服を着せられて、ちょっとあれなのよ」
「なんか作業着みたいじゃない?」
「こんな格好じゃとても外に出られないわ」
プンスカしている義母に、実家から持ってきたジャケットを2着見せ、「どちらを羽織っていきましょうか」と声をかけます。1着目はゆったりしていて、おそらく着心地は気に入っているはず。ただ、色みが若干グリーンがかっていて「お葬式はこの色はダメよ」と義母が言い出す可能性があったため、もう1着、ザ・冠婚葬祭といったふうの黒ジャケットも持ってきていました。ただ、黒ジャケットはかなりピッタリしています。
義母は鏡の前で両方を着たり脱いだり……を何度か繰り返した後、「こっちにするわ」とゆったりタイプをセレクト。ジャケット選びで気がそれたのか、「これでは外に出られない!」というクレームも収まりました。あとは、現場で粗相があったときのために、着替えのズボンを1着、タンスからゲットすれば準備完了!……のはずでしたが、タンスを開けると洋服が1着もありません。どうして!?
クローゼットの中に隠された謎のビニール袋
タンスの中は空っぽで、ハンガーに上着が1着かかっているだけ。でも、動揺を義母に気づかれるわけにはいきません。「洋服ドロボウが出た!」とパニックになってしまうと、通夜に出かけるどころの騒ぎではなくなる可能性もあります。でも、着替えなしで出かけるのも怖い!
「“部屋の中に、洋服を詰め込んだ袋があるんじゃないか”って言われたよ」
職員さんに確認しに行ってくれた夫とコソコソ。再度クローゼットの中を探すと、ありました! 謎のビニール袋!! 黒のズボンをするりと抜き出し、さりげなくわたしのバッグに詰め込みます。義母がめざとく見つけて、「それも持っていくの」と聞かれますが、「そうそう! 寒くなったときのために!!」と答えてセーフ。これで出かけるためのひととおりの準備が整いました。
「さあ、おかあさま、準備ができましたよ。出発しましょう」
「あら、もう出発なの。気ぜわしいわね。ところで、どこに行くの?」
「お通夜です」
「え? 困ったわ。香典を用意してないわよ」
「大丈夫です。われわれが持ってます」
見送りの職員さんたちを前に、往年の大女優のように振る舞う義母
そんなやりとりをしていると、施設長さんが現れました。すると義母は深々と頭を下げ、挨拶を始めました。
「今日はこれから、通夜に行って参ります。じつは姑が亡くなりまして……。本当に急なことで驚きました」
驚いたのはこっちだよ! どうも通夜だと聞いても平然としていると思ったら、義母の頭の中では「姑(義父の母)が亡くなり、その通夜に行く」という設定になっていたようです。でも、ごねることなく、すんなり一緒に出かけてくれるならそれに越したことはありません。義母は職員さんたちに手を振りながら、往年の大女優のようにゆったりと車に乗り込みます。
通夜会場で待っている義父と再会したとき、義母がどういう反応を示すのか。考えれば考えるほど不安しかありませんが、悩んだところで、なるようにしかならず、あとは野となれ、山となれ! 半ばやけっぱちな気持ちで通夜会場に向かって出発したのです。