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もめない介護

義父の容体急変!嫁にも迫る危機に夫はカメラを向けた もめない介護72

土手へ上がる階段
コスガ聡一 撮影

「はい……そうですね、10時過ぎには到着できるかと思います」

入院中だった義父の容体が急に悪くなり、「早めに来られるといいんですが」と病院から連絡があったのは今年の6月中旬のことです。この連載コラムでも紹介しましたが、ちょうど新型コロナ対策のための緊急事態宣言が解除され、ようやく家族が面会に行けるようになった矢先のことでした。

「親父、急激に悪くなってるらしい。『来られるといいんですが……』と言われた。姉貴、電話に出ない。電話してみてもらえる?」
「LINE送りなよ。とりあえず早く行こう。あと、施設にも連絡して」

とうとう“その日”が来てしまった。入退院を繰り返す中で、医師からは「年齢を考えると、いつ急変があってもおかしくありません」と何度となく告げられていました。でも、「この夏は越せるでしょう」とも言われていたのに。いや、「この夏は越してほしい」という言い方だったか。

「すみません。父の容体が急に悪化しているという連絡がありまして……。はい、危篤ということだと思います。母を病院まで連れてきていただけないでしょうか。われわれの到着時間のメドがわかったら、もう一度連絡しますので……」

有事のときこそ、ガタガタ騒がず、やるべきことを淡々と

義母が暮らす有料老人ホームに電話をかけ、交渉する夫の声を聞きながら、わたしはわたしで大至急、出かける準備をします。こういうとき、なにを持っていけばいいのか。頭に白くもやがかかったような、うすぼんやりした状態でとにかく、現金約20万円と印鑑、そして、葬儀社の連絡先をバッグに放り込みます。義父とも相談し、複数の葬儀社に見積もりをとってありました。

「大あわてで駆けつけたけど、あっさり回復! みたいになったらいいね」
「まあ、何時に来られるか?と、念押しされたから結構厳しいんだろうけど。着いてみないとなんともわからんな」
「こういうとき、財布とか携帯とか忘れものしやすくなるから気をつけていこうね」
「そうだな。お互い注意しあおう」

夫と声をかけあいながら、病院に急ぎます。夫はいたって、通常進行。声を荒らげることもなければ、パニックを起こしている様子もありません。さすがだなと感心しつつ、わたし自身も思いのほか、静かな心持ちでいられていることに驚きます。有事のときは、ガタガタ騒いでも仕方がない。やれること、やるべきことを淡々とこなすだけ。

そう思っていたのですが、最寄り駅から電車に乗り込んだあたりで、様子がおかしくなります。下腹部がキリキリと痛み、トイレに行きたくてたまりません。最悪!

「やっぱりストレスかな」と吹き出す夫

「ごめん……なんか、お腹の調子が悪い……」

病院から電話がかかってきたのが朝イチで、そのまま急いで出発したので、朝トイレに行かなかったのが敗因か。それにしてもお腹の痛みがすさまじく、ピーヒャラドンドン大騒ぎ。乗り換え駅でトイレに飛び込み、用を足し、一件落着!のはずが、電車を乗り換えた後も再び差し込みが襲ってきます。マジか!

「大丈夫? 厳しいようなら、次の駅でいったん降りようか」
夫は心配そうに様子をうかがっています。急行に乗っているため、停車駅は限られています。到着駅までもつのかどうか、確信が持てません。というか、ヤバいかも! でも、途中下車して時間をロスすると、義父の最期に間に合わなくなるかもしれません。

まさかの下痢で親の死に目に逢えなくなるってどうなの!? いや、四十路もなって、電車内でもらすのも、それはそれで大惨事なんだけれども!

「どうしてもヤバいときは、わたし一人で降りるので先に病院に向かってください……」

切羽詰まりすぎて、息も絶え絶え。そんなわたしを見て「やっぱりストレスかな」と夫が吹き出します。笑いごとじゃねえ。

菩薩のような笑みを浮かべて、写真を撮る夫

ストレスかと聞かれれば、そんな気もします。そういえば、大学院を受験したときも、試験中にお腹が痛くなりました。だいたい、「トイレに行けない」という状況になると、ますますヤバいのです。水がなくても飲める、シートタイプの下痢止めを持ってくればよかった。親が急変したときに、最も必要なアイテムはアレだったんじゃないか!

地団駄踏んでも時すでに遅し。とにかく、電車が駅に着いてトイレに行ける状況になるまで我慢するしかありません。ようやく、到着駅まで残り一駅というところで、まさかの走行停止。なんの嫌がらせなのか。信号待ちとかいいから、早く到着して!! もはや、椅子に座っている余裕もなく、ドア前に立って足踏み。ダメだ、もう限界……!

夫は菩薩のような笑みを浮かべ、わたしを見守っています。と思ったら、バッグからスマートフォンを撮り出し、ふふふと笑いながらわたしに向けているではなりませんか。カシャッ、カシャッと聞き慣れたシャッター音がします。写真を撮っているだと……? おい貴様、どういうつもりだ! でも、もう怒る気力もありません。

ようやく電車が駅に到着し、トイレに猛ダッシュ。すんでのところで、第二波を乗り切ることができました。

普段からの備えで難を乗り切る

しかも、これから病院まではタクシーに乗る必要があります。タクシーの中で第三波に見舞われたら……?
考えただけで肝が冷えます。病院に到着してしまえば、トイレはいくらでもあります。でも、タクシーの中で万が一のことがあると、病院の近辺には着替えを購入できそうな店は一軒もないのです。マズい、それはマズすぎる。

ふと、名案が浮かびます。バッグの中に「ペットシーツ」が入っています。『プチプラ防災』という書籍を担当したときに、著者の辻直美さんから「災害時などの緊急用トイレを作れる」と教わったものです。本来はその名のとおり、ペットのためのものですが、緊急時には高齢者や赤ちゃんのおむつ代わりにもなると聞きました。

これだ!!!

この際、背に腹は代えられません。勇気を持ってショーツのなかにペットシーツを装着し、準備完了。トイレから出てきたわたしに、夫が「もしかして、ペットシーツも履いたの?」と耳打ちしてきました。あんたはエスパーか! ガッツポーズをしてみせると、夫は笑い転げています。いやいや、緊急事態ですから!

もう何と闘っているのかよくわかりません。これは義父からの虫の知らせ……? いやいや、こんな知らせ方があるか!

こうして長い長い一日が始まったのです。

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