認知症と生きるには

専門医が、早期発見を「早期絶望」にすることがある 認知症と生きるには5

大阪で「ものわすれクリニック」を営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」。朝日新聞の医療サイト「アピタル」の人気連載を、なかまぁるでもご紹介します。
今回は、クリニックを初めて訪れる人と、物忘れの自覚のお話です。(前回はこちら

認知症について報道されることが多くなったこの10年ほどの間に、私たちは認知症になっても安心して暮らすことができる地域や社会を作る努力をしてきました。

「認知症は誰もがなる可能性がある病気。怖がることなく早期発見、早期治療・対応に努めましょう」と言い続けてきました。2004年には国際アルツハイマー病協会の世界大会が京都で開催され、認知症の人自身がみんなの前に立ち、偏見解消を訴えました。2006年には日本で初めての「認知症本人会議」が京都で開かれました。

認知症への理解が社会的に深まり、認知症の人も臆することなく安心して受診できるような取り組みが続けられてきました。認知症サポーター養成の動きも当初の目標100万人を大きく超える約1,268万人(2020年6月末)が研修を受けるまでになりました。2017年4月末には国際アルツハイマー病協会のわが国での2度目の国際会議が京都で開催され、国内外の認知症の人同士が交流するという世界的な流れが生まれています。

そのように社会が変わりはじめた2005年、アルツハイマー型認知症(中等度)になった82歳の成田正敏さん(仮名)が妻、娘とともに私の診療所を受診しました。多くの人は認知症の経過に合わせ、「かかりつけ医」から紹介された病院で専門医の診断を受けたあと、何らかの事情で私の診療所に来院することになるのですが、成田さんは何年もの間、「かかりつけ医」の診療のみで、専門医の受診経験はありませんでした。

「専門医には紹介しない」と言って譲らなかったかかりつけ医

私も専門医ではあるのですが、こう尋ねました。「成田さん、これまで一度も専門医を受診することがなかったのでしょうか」

成田さんの妻と娘は顔を見合わせました。「母も私もかかりつけ医の先生に何度か専門医を紹介してもらうようにお願いしたのですが……」と言いにくそうな様子です。理由をきくと、その先生は、かつて精密検査をしてもらうために、ある患者さんを物忘れ外来の専門医に紹介したところ、その専門医の診断後の態度が原因で、患者さんが絶望し、症状が急激に悪化したことがあったそうです。そのため、かかりつけ医は「専門医には紹介しない」と言って譲らなかったそうです。

その専門医は患者さんに対し「あなたはアルツハイマーなので治らない。5年もすると寝たきりになる」とだけ言ったそうです。かかりつけ医への連絡や指示はなにもありませんでした。当時も患者や家族に寄り添う熱心な専門医はたくさんいましたので、その患者さんもかかりつけ医の先生も運が悪かったとしか言いようがありません。

認知症を早期に発見することができたとしても、診断だけでその後のサポートがなければ、患者さんは「早期絶望」せざるを得ないこともあるのです。当時は今とは異なり、専門医療機関でも本人や家族の支援をしているところは限られていました。そのために、このような残念な展開になったのでしょう。

地域包括ケアシステムが確立されていなかった当時

自戒の念も込めて思います。専門医は診断するだけでなく、本人には自尊感情を傷つけずに通院してもらい、家族とは積極的にケアや福祉対策について話ができるようにしなければならないのです。

「医介連携」という言葉があるように、住み慣れた場所でその人らしい生活をする地域包括ケアの概念のもと、医療機関は介護職や福祉、地域や法律家などと連携しながら、みんなの力で認知症の人や家族を支えるのが理想だと考えます。しかし、成田さんのケースでは、病院とかかりつけ医との「病診連携」さえ、うまく機能していませんでした。

本来なら専門医療機関の診断が終わった時点で、専門医と連携をし、患者さんを住み慣れた地域の「かかりつけ医」のもとに戻すべきでした。そして、ふだんの成田さんのことをよく知っている、かかりつけ医にしかわからないような、成田さんのこころを家族や地域と共に支え、さらに介護の力も協力できていれば地域包括ケアの流れになったことでしょう。今では当たり前になってきたそのような連携が残念ながら当時は確立していませんでした。

※このコラムは2017年6月8日にアピタルに初出掲載されました。

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